03.会話も続かない(1)

 ***


 転移魔法により、瞬く間に景色が塗り変わる。次に目を開けた時、飛び込んできた光景を前に隣のジークが言葉を漏らした。


「ここは……あまりにも平らだな……」


 そう。広大な土地を持つリルバ薬草畑。国内屈指の薬草農家であり、適正価格でそれらを売ってくれる良心的な企業でもある。

 そんなリルバ薬草畑が所有する土地の僅かな一欠片。そこに自分達は転送されたようだった。当然、広大な土地があれば魔物被害を受ける面積も広がるので、ギルドのステーションと連携している辺り強かである。


 しかしまあ、薬草の生産量がどうのという話はクエストとは全く関係が無い。

 関係があるのは、この立地だ。ジークが呟いた通り、あまりにも遮蔽物がない。ソレ即ち敵に見つかりやすく、そしてこちらも敵を見つけやすい場所であるという事。魔物に見つかるよりも先に、我々が魔物を見つけなければならない。


 考え込んでいる内にジークが満足げに頷いた。


「成程。先に見つけられさえすれば、ここ程グロリアの魔弓を活かせる場所はない。流石はイェルドさんだ、ここまで見越して俺達にクエストを割り振ったんだろう」

「そうだね」


 それは間違いない。リーダーは強かなお人だ。無駄に時間が掛かったり苦戦するような人員を配置するような間抜けでもない。メンバーを指定したという事は、現状が最も効率よく事を運べるという意味だ。


「グロリア、一応通信魔法は持ってきているか? 俺達は持ち場が違い過ぎる。はぐれた時の為に繋いでおいた方が良いと思うが」


 それは常にベルトのスロットに通信魔法の魔法石をセットしているのであるだろう。と、起動しようとして首を傾げる。いつも魔法石をセットしている場所から、反応がない。

 ――と、腰のベルトをそれとなく確認してグロリアは絶句した。

 常日頃から滅多に弄らないベルトのスロットに、外すはずのない通信魔法の石が嵌っていなかったからだ。そうして芋蔓式に思い出される、ギルドへ行く前の記憶。

 魔法石を付け替えよう、メンテナンスをしようとして、そのまま自宅に置いてきた。典型的な忘れ物。アホである。


 魔法使用に関する解説をしなければならない。

 魔法は魔法式とそれを起動する為の魔力を揃える事により、誰であっても発動が可能だ。魔法式を手で持ち歩くのは嵩張るので、大抵の人類は魔法石を装備品にセットして持ち歩いている。

 魔法石と言うのは魔法式を圧縮、見た目はビー玉のように見える持ち歩きに特化した魔法式の事だと思っていい。サイズは様々で規定のサイズは極小から大まである。これは職人によりサイズ変更が出来るのだが、今は関係が無いので割愛させて頂く。


 それで今、何が起きたかと言うと通信魔法の魔法式が埋め込まれた、件の魔法石を自宅に置いてきてしまった。端的に申し上げて、通信魔法は使えない。以上だ。

 なお、グロリア自身は『絶対に外す事が無い装備』として腰のベルトと、左腕のバングルを採用している。武器にも魔法石をセット出来るスロットが空いているが、武器を変える度にそれ用にカスタマイズしているので、まあ、そちらの魔法は状況によってあったりなかったりだ。


 話を戻そう。

 忘れ物という悲報をジークに伝えなければならない。嘘を吐いた所で仕方が無いので、通信魔法は置いて来たと伝える。


「ごめん、家に置いてきた」

「え? そ、そうか」


 ――また私は! 我ながらその投げやり且つクソ生意気な言い方は喉のどこから出てるの?

 自分で自分が分からない。もっと申し訳無さそうに出来なかったのか。

 案の定、ジークは困惑している。ちゃんと謝罪をしようと口を開きかけた所で、彼は何故か納得したように頷いた。


「当然だな。俺はただでさえ魔力量がお前に比べてずっと少ない。2人しかいないのに、そこにリソースを割くのは無駄だ。それを見越して敢えて置いてきたんだろう」


 ――ねえ。ねえってば! どうしてそんなに前向きに私を持ち上げてくれるの!? メンテしてそのまま自宅に魔法石を置き忘れたアホでしかないんだよ、私は。

 ジークには自分がどういう風に写っているというのか。本当に心配だ。常に正しい道を歩んでいると思われていそうだが、全くそんな事は無い。もしかして、自分は人間だと思われていないのだろうか? 悲しい事だ。


「さあ、討伐対象を捜そう。しかし広いな、ここ……」


 言いながらジークは最早何も気にしていないのか、薬草畑を踏み荒らさないよう細心の注意を払いながら進み始めている。

 畑と一口に言っても、茶畑だとかそっち方面の畑に似ている。それなりに高さがあるので、踏み潰す事は無いだろう。こちらの動きは制限されている訳だが。


 ガサガサと音を立てて進むグロリアとは裏腹に、ジークの歩みは静かなものだ。器用に音を立てずに歩いている。流石は獣人。身体の使い方が上手い。

 ただ――ここを徒歩で探し回るのは時間が掛かり過ぎるのではないだろうか。

 魔法でさっさと見つけ出した方が良い気がしてきた。基本的に魔力量がかなり少ないジークは選択を迫られた時になるべく魔力消費をしないような道を選ぶ。それは本能的な思考であり、何ら変な話ではない。が、今日は魔力のある自分が着いているので「こっちで捜すから一旦止まって欲しい」と進言しなければならないだろう。

 意を決して、口を開く。緊張で心臓が張り裂けそうだ。生意気言ってんじゃねぇ、とか言われたら立ち直れない。


「待って。私がサーチを使って捜すから、無闇に動かないで欲しい」

「あっ」


 はた、とジークが足を止める。彼の乏しい表情に「そういえばそうだった」と言わんばかりの表情が浮かべられた。はよ言っておけば良かったと、グロリアは後悔した。

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