万能家だけど代償にコミュ能力を全て失いました

ねんねこ

1話:月初めのノルマ消化

01.パーティのメンバーからも恐がられている(1)

 良質なギルドのロビーは広い。

 そんな事を言い出したのは誰だっただろうか。どこぞの有名なギルド員だったかもしれないし、ギルド協会のお偉いさんだったかもしれない。

 その誰かが言い出した言葉により、どこのギルドもロビーは広々。人に溢れて賑やかだし、とにかく人口密度も高い。朝から馬鹿騒ぎする者もいれば、自分のようにコソコソと隅を歩いて足早に通り過ぎようとする者もいる。


 グロリア・シェフィールドは国内三大ギルドと名高い《レヴェリー》の一員だ。事務員ではなく、クエストを受けるギルド員として所属している。

 そんなギルド員にはランキング制があり、シンプルにD~Sランクまで存在。グロリアは最も人口の多い量産型Bランカーである。


 Aランクへ上がるつもりはない。

 ――否、この言い方では「上がれるのに上がらない」尊大な態度に見えてしまう。実際の所は上がれないのだ。

 というのもどんな職場であれ出世を邪魔する致命的なコミュニケーション能力の欠如が常に足を引っ張る。Aランカーともなれば《レヴェリー》のルールにより、依頼人と会話をする機会が増えるが、友達すらいない自分が初対面の客とまともに話せるはずもない。

 ここ最近で話した相手はパーティメンバーと《レヴェリー》加入時に同期だった者達だけだ。それも、会話が成立したとは言い難く、該当する人間が皆心の広い者達ばかりだったというだけ。相手の懐が広かった。


「――おい」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。足は止めない。

 グロリアがギルドで声を掛けられる可能性など、天文学的数値だ。違う人を呼んでいるのに足を止めたら、その、恥ずかしい。

 しかし、その呼んでいる人物がこちらを真っ直ぐに見ている事に加え、パーティメンバーであった為に驚異的な反射神経で以てグロリアはその足を止めた。


「急いでいる所を呼び止めて悪いな」


 彼の名前はジーク・グロード。自分より少し後にギルドに入った、同じくらいの歳の青年だ。先にも述べた通り、グロリアが入っているパーティの一員でもある。

 彼は獣人、ヴォルフ族だ。銀灰色の短髪に同じ色の耳とフサフサとした尾。表情に乏しい琥珀色の瞳。大人しそうに見えて、意外とワイルドな好青年だとギルドのお姉様方にそう評価されている。


 因みにパーティと言うのは軍で言う所の班や部隊のような、一緒にクエストを受けるような、そんなメンバーの事だ。

 昨今はギルド乱立時代。ギルド員が増えた事により、やれクエストの横取りをしただの妨害をしただのとトラブルは増加傾向にある。故に、ギルドマスターから直々にソロでのクエスト受注が禁止されたのだ。

 最悪、殴り合いの喧嘩になったとして2人以上いれば、片方は逃げ出して救援を求められるかもしれない。それに、クエスト先で事故が起こった時も1人でさえなければどうにかなるような場面は多いものだ。


 話を戻そう。

 ともかくグロリアは自分を含めた5人で構成されているパーティに所属しており、目の前にいる獣人の青年はパーティメンバーの一人。そういう事だ。


 そして明らかに自分に用事があるという事実。

 何か返事をしなければならない。そもそもどのくらい待っていたのだろうか。記憶を掘り返しても待ち合わせした記憶は無いぞ。

 というか、すぐに話し掛けてこなかったのもこちらの無言・無表情が恐かったからかもしれない。

 ここはフレンドリーに声を掛けて、相手に不快感を抱かせないように、萎縮させないようにしなければ。

 ――私は出来る。ナチュラルにフレンドリーに声を掛けて、パーティメンバーとの軽やかなやり取りが……出来る。

 己を鼓舞し、グロリアはようやく口を開いた。


「なに?」


 ――あああああ!? どうしてそんな言い方しか出来ないの、私!!

 心中で絶叫する。そう、これこそが恐ろしくコミュニケーション能力の低い人間である証左。

 よくパーティのお姉様である魔導師からも指摘されるが、声には抑揚がなく、顔には表情がない。それが自分らしい。故に、こんな言い方をすれば相手を恐がらせたり不快感を抱かせてしまうのは必至。

 分かっているのに上手く話せない。頭で分かっていて出来ない事なんて、コミュニケーション以外には存在しないだけに、その挫折はグロリアの心を折るのに十分だ。


 荒れ狂う心中を押し隠し、それとなくジークの顔色を伺う。先程まで無表情だった彼は、僅かに緊張した面持ちに変わっていた。

 ――ゴメン……。

 心の中で謝罪するが、ここで言葉に出来ないあたりダメダメである。


 こんな自分がパーティという集団行動に身を置いているのでさえ申し訳無い。が、最近のギルドはぼっちに対して厳しいので仕方が無い。パーティに所属していなかったら、知らない人に声を掛けてクエストに行かなければならなくなる。


 ともあれ、気を引き締めたような顔をしたジークが僅かに言葉を選ぶ素振りを見せ、やがて口を開いた。


「実はリーダーの指示で、今月のノルマを消化しなければならなくなった。グロリアは俺と組んでクエストに行くから、ここで待っていたんだ」


 ――《レヴェリー》名物、ノルマクエスト。

 パーティ毎に月初めに配られるクエストの事だ。月が終わるまでに処理しなければならない。

 ただ特にそれを苦に思った事は無い。量は多くないし、ノルマが課せられている理由は『未完了クエストを作らない』為だからである。ノルマをこなす事で、ギルドから別途手当が支給されたりもするし、無視すればクエストの斡旋に響く。

 故にギブアンドテイク的な側面が強い。クエスト報酬も貰えて、手当も付いて万々歳だ。


 ただ心配なのが――結局、ノルマで配られるクエストは大なり小なり面倒なものが多いという事。だいたいノルマクエストは2パターンだ。

 1つ目が、「誰も手を付けず月末まで残ってしまい、早く消化しなければならない」パターン。厄介なクエストが多いのは圧倒的にこっちだ。

 2つ目が、緊急クエスト。誰かに選ばれるのを待っていられないので、ノルマと題してパーティに配られる。こちらは比較的普通のクエストが多いが、遅くなればあり得ないクレームになったりもする。


 さて、今回はどちらだろうか。グロリアはジークの言葉を待った。

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