封印を解かれた古代魔法の使い手、現代魔法を学ぶため学園に入学する。~人類最古、最弱と呼ばれた最強の魔法使い~

あざね

プロローグ 目が覚めたら、五千年後な件について。









「ここ、どこ…………?」



 ボクが目を覚ますと、そこは仄暗い部屋の中だった。

 見たことのない装置が並んでいて、無機質な印象を受ける。ただ他にも誰かがいたらしく、食事を摂っていたような痕跡が残っていた。妙な生活感さえ感じる光景に、どうにも思考が追いつかない。いったい、なにが起きているのだろうか……?



「えっと、ボクは族長に呼ばれて……」



 そこに至って少しずつ、眠る前の出来事を思い出してきた。

 たしか一族の長であるアルドロ様に呼ばれて、山間にある洞窟に向かったのである。しかし問題は、そこで何があったのか、ということだった。

 そこに足を踏み入れたまでは、どうにか憶えている。

 しかし、そこから先がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。



「……ん。まぁ、いっか」



 きっと、疲れて寝てしまったのだろう。

 あの時のボクは一週間以上、不眠不休で魔法の研究をしていたのだ。体力に自信はあったけど、さすがに無理があったらしい。

 おそらくここは、そんなボクが運び込まれた寝床なのだろう。


 それなら納得だった。

 とりあえず、目が覚めたのだから族長に報告しなければ……。



「さて、出口は……ん?」



 そう考えてから、ふと視線を出入り口と思しき場所へ向けた。

 すると、そこには一人の女の子の姿がある。短い黒髪に、円らな赤の瞳。そして褐色の肌をした見覚えのない少女は、ボクを見て明らかに動揺していた。

 そんな彼女は見たことのない、珍妙な衣服を身にまとっている。

 上下に分かれたそれは全体的に白を基調とし、手には同じ色合いの手袋をしていた。どれもこれも、自分のいた村にはない意匠のものばかり。


 つまり彼女は、別の集落の人間だろうか……?



「あの……?」

「あ、あわわわわわわ!?」

「え……?」



 そも思い至って、声をかけようとした時だ。

 その女の子が悲鳴に近い声を上げつつ、装置の陰に身を隠したのは。何事かと思って首を傾げると、彼女は青ざめながらこう叫ぶのだった。




「い、命だけはお助け下さいぃ……!!」――と。











 ――で、ひとまず彼女が落ち着くのを待って。



「…………封印?」



 話を聞いて、出てきたのはそんな単語だった。

 ボクが首を傾げていると、女の子は控えめな声で言う。



「その……アルス様は、五千年という時間を封印されていたのです。理由は分かりませんが、学園の隠し部屋の奥で眠るように」

「五千年? それに学園、って……」



 ……ちょっと待ってほしい。

 今度はボクが混乱する側だった。



「えっと、私の分かる範囲で状況を説明しますね?」



 眉をひそめるこちらに、少女はおずおずと説明を始める。



「文献によると、アルス様にかけられていた封印は古代魔法のそれのようです。今はその理論も失われており、解き方も分からなかったのですが……」

「どういうわけか、ボクの封印は突然に解かれた、と?」

「はい……」



 訊き返すと彼女は首肯した。

 そして、続いて自分の所属する魔法学園というものについて話す。



「魔法学園は、その名の通り『魔法を学び、研究する場所』です。私の専攻はアルス様が生きていた時代――今は失われた古代魔法を文献を読み解くことで再現する、というもので……」

「その研究の最中に、偶然ボクのことを見つけた、と?」

「そ、そうです……!」



 緊張した面持ちで、少女は何度も頷いた。

 ボクはそれを認めてから、ひとまず自分の頭の中で状況をまとめる。



 にわかには信じられないけれど、時の流れとは大きな証拠だ。

 どうやら彼女の語る通りボクは封印され、五千年の時を眠り続けていたらしい。そして偶然にも発見され、好奇心によって研究対象になっていた。封印が解けた理由は分からないけれど、身体に違和感などはまったくない。



「それで、キミはこれからどうするの」

「え、どうする……?」



 それらのことを確かめてから。

 ボクは少女に、そう訊ねるのだった。

 五千年前の人間を呼び起こし、どうするつもりだったのか。



「え、っと……その……」



 ――善か悪か。

 その答えを待っていると、彼女は小さくこう言うのだった。






「お、お友達になってほしい、です……」――と。






 とても遠慮がちに、頬を染めながら。

 それはきっと、彼女の他ならぬ願いだったのだろう。

 ボクは一瞬だけ呆気に取られて、しかしすぐに吹き出してしまった。




「あ、あはは……! なるほどね、友達か!」

「え!? な、なにか変ですか!?」

「いや、別に……あはは!」

「笑わないでくださいよぉ!?」




 どうやらこの女の子は、底抜けにお人好しらしい。

 そして、嘘をつくのも下手なようだった。あまりに初々しい反応が、ボクの中に芽生えていた焦燥感を溶かしていく。

 状況が読めないのは変わらない。

 だけど、とりあえず踏み出す一歩目は分かった。だから、




「分かったよ。それなら、改めて自己紹介からだね」

「あ……」




 ボクは息を呑む彼女に向き直って、微笑む。

 その上で、名を口にした。




「ボクの名前は、アルス・マクスウェル――キミは?」




 訊ねると少女は瞳を微かに揺らして。

 笑顔で、こう答えるのだった。




「はい……! セシル・ウィンドスフィアです!」――と。






 

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