第13話 エゼルハセック商会の悲劇
エゼルハセック商会会頭の屋敷でも、予期せぬ訪問者を迎えていた。
と言っても、こちらは身知らぬ顔ではなかった。
次女のライヤの婚約者、
立法院議長のご子息アラハルッドさまだった。
「どういたしました、こんなお時間に。」
と、エゼルハセックは尋ねた。
夜中、というわけではないが、他人の宅を訪れるには、遅すぎる時間だった。
アラハルッドは、娘婿になる予定ではあぅたが、結婚はまだしばらく先の話である。
いつもはにこやかなアラハルッドの顔が、厳しい表情なのと、夜とはいえ、護衛の人数が多すぎる。その事に怯えて、エゼルハセックは、指で合図をして、護衛を呼び寄せた。
エゼルハセック商会の会頭の屋敷ともなれば、常時2桁の護衛はつめている。
つまり、頭数だけなら、アラハルッドの連れているものと互角になれる。
アラハルッドは、口を開いた。
「娘を引き渡していただきたい。」
「ライヤ、をでございますか?」
面食らって、エゼルハセックは言った。
「まず、本人に確認を。いささか連れ出すには遅いお時間かとも思い。女性には支度にかかる時間もございます。」
「違う。マルカ、だ。」
「ま、マルカ?」
驚いて、エゼルハセックは問い返した。
「あれは、アラハルッドさまとライヤの婚約にショックを受けて、家出をしております。
あ、いえ、今日家には戻りましたものの、その所業不届きにゆえ、自室にて軟禁しております。」
「その所業とは?」
「家人を。実の妹で、あなたさまの婚約者であるライヤを相手に、殺し屋を雇った疑惑です。」
「それはもはや。」
アラハルッドは、後ろを振りかえった。
てんでに、統一感のない鎧姿の一弾が、その戦闘の男は軽装で、肩当と胸部だねしか、覆われてきた。
ほかの者は長剣を携えていたが、こよ男だけが無手だった。、
「さよう。 家庭内に留めるにあらず。刑罰を、もって、いどむべきでしょう。」
なにやら脚本でも読むように、男は言った。
「いや、しかし」
エゼルハセックは、後ろを振り返った。
屋敷の護衛は、集合しつつある。
時間が時間だけにほろ酔いの者もいるが、上々だ。
数は、アラハルッドの護衛を上回った。
それに勇気づけられて、エゼルハセックは言い返した。
「幸いにも、まだ犯罪は実行に移されてはおりません。娘もいろいろと誤解もあったようです。
これは身内の恥として、内々に納めさせていただきたいのです。」
「できん。」
アラハルッドの唇が笑みの形につり上がった。
アラハルッドは、確かに立法院の議長の息子である。しかし、エゼルハセック商会もまたこの街の重鎮である。
実際に、自分の娘を嫁に、とこわれ、さらに話がすすんでから、いや、やはり姉のほうではなくて、妹を、と言われて、その通りにしてやったのである。
あまりにも、人を馬鹿にした話に、エゼルハセックの瞳に怒りが燃えた。
「お怒りはごもっともですが。」
「ああ、きみは勘違いしている。」
「と、おっしゃいますと?」
「マルカが、狙ったのは私の、命だ!」
ショックのあまり、エゼルハセックは、倒れ込みそうになった。
「わたしが賊を退治しなければ、アラハルッドさまの命が危なかった。」
アラハルッドの護衛隊の頭は、そう言った。
「きみの娘は貴人に対する殺人未遂の罪に問われているのだ。」
「な、ならば」
それでも抗弁してしまったのは、マルカとの婚約から婚約破棄、次女であるライヤとの再度の婚約という流れに、彼自身が苛苛していたせいもある。
「わたしが自分の手で、マルカを司直に引き渡しましょう。失礼ながら、私兵をもって、夜分にひとの屋敷に乗り込んで、娘を引き渡せというのは、筋が違う。」
エゼルハセックが合図をすると、同時に、エゼルハセック家中の護衛隊が一斉に抜剣した。
数は、アラルハッドの護衛の倍近くになっている。
「愚かだな、エゼルハセック。」
アラルハッドが冷笑を浮かべた。
「これは、査問会を通じて、立法院にも異議申し立てをいたします。」
エゼルハセックが胸をそびやかした。
冴えない中年男でしかない彼だが、もっている財力と権力は、無視していいものではないはず、だ。たとえ、立法院議長の息子であったとしても、だ。
「殺人については、実際には着手ひていないと、かの“紅玉の瞳”からも証言を得ております。必要なら、証言台にもたつでありましょう。」
「アラルハッド殿。」
護衛頭が呆れたように言った。
「私の、聞き間違いか? 殺し屋を証言台に立たせると言っているのか、こいつは?」
「残念ながら、エゼルハセックは正気だよ、バルト。」
エゼルハセックにむけた冷笑とは明らかに違う笑をうかべて、アラルハッドは言った。
「この街では、殺し屋は忌むべき存在ではあるが、日陰のものではない。依頼された殺しはきちんとした仕事だし、それによって司直に裁かれることもない。
さらに言えば、“紅玉の瞳”は殺し屋ギルドのなかでも名門だ。」
「お引き取りねがえますか、アラハルッド殿。」
そう言いかけたエゼルハセックの右耳に痛み飲もたす灼熱が走った。
血とともに床に落ちた肉片をみて、エゼルハセックはすべてを悟った。
自分の耳が切り落とされたのだ。
だが。
目の前の、アラハルッドの護衛は誰も剣に手をかけてすらいない。
叫びを上げて、剣を振り上げるエゼルハセックの護衛たち。
や、やめろ、ばかども! エゼルハセック紹介を潰す気かっ!
だが、彼の心配はまったくの杞憂に終わった。
見えない刃は。
エゼルハセック家の護衛たちの、腕や脚を切断し。あっという間に、全員を無力化すると同時に、床を血の海に変えたのだ。
ああ。
死んでいない。いやこれから止血が間に合わずに死ぬ物もでるだろうが、いまの時点では誰1人死んでいない。
つまり。
バルトと呼ばれたアラハルッドの護衛頭の拳に、キラリと光るものが引き込まれていく。
「か、霞刃?」
エゼルハセックはつぶやいた。
「ほう? 我が技を知っているとは?」
「さきほど、マルカを送ってきた“紅玉の瞳”の殺し屋が言っていた。
アラハルッドには銀月がついている、と。その長は、鋼糸使いだと。」
「それは、吸血鬼と魔人のコンビか?」
「そうだ、な。いま売り出し中の殺し屋、だよ。ほかには、学院のウィルニア准教授がいた。
なんでも」
そのときは、殺し屋の戯言だと聞き流したのだが。
「おまえたちが、我が家中のものが、マルガを亡き者にしようとしたと。
そうマルガに吹き込んだそうだな!」
びしゃっ!
左の耳も切断され、エゼルハセックは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「マルガは生きてとらえろ。」
バルトは命じた。
「“紅玉の瞳”に対して囮につかえる。あとは」
ガラス玉のように感情のない目が、エゼルハセックをとらえた。
「殺せ。」
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