第14話 演習戦2

「ハイハイ、それじゃあ班ごとに集まって、演習戦の細かい説明するよー」


 シルワ先生がパンパンと手を叩き、生徒たちを誘導する。

 俺もササPと別れて、自分の班員がいる辺りに移動した。


「今日はよろしくお願いしますわ」

 好印象を与えるべく、俺は同じ班の生徒に笑顔で挨拶したが、結果は芳しくない。

 無視こそされなかったけど、ヒソヒソクスクスされて、中の人の俺は良い歳だけどちょびっと傷付いた。


 しかし、それも無理もないと言える。

 ここにいる生徒は男女問わず、ほぼ攻撃に特化した魔力の持ち主だ。

 それに対して、俺はほぼ治癒魔法オンリーの最弱悪役令嬢。

 彼らの中のヒエラルキーは断然、攻撃魔法>治癒魔法なのだから。


 ラティオ先生の指導のおかげで、俺は深い切り傷もそこそこ治癒できるようになった。

 でも多くの生徒たちは『先制攻撃型』思考なので、あまり自分達がダメージを負うことを考えていない。まあ、怪我をしないで魔物討伐出来れば、それに越したことはないが……。


 一応『彼』にも挨拶しとくか。

「今日はよろしくお願いしますね、グランス様」

 練習場の隅にいた『グランス・ブルケル』は、こちらを冷たい眼差しでチラリと見た後、小声で「はい」とだけ言った。

 うん。彼にはまともな対応を期待してないから、これでいい。


 グランス・ブルケル——乙女ゲーム『ソラトキ』の攻略キャラにして、人気No.2。

 長身キャラが多い中、程々の身長で、顔も格好いいと言うより可愛いタイプだ。ブルケル男爵の嫡男だが、その出自や生育歴のせいで貴族を嫌っている。


 ゲームでは、平民のヒロインに最初から好感度が高かったが、俺は貴族の悪役令嬢フィリアだ。当然、好感度はマイナスだろう。

 上げるつもりもないので、彼には今日の演習戦で、良い仕事をしてくれる事だけを期待したい。



「今回の演習戦ではみんなに、ベルデ先生が造った『擬似魔物』をやっつけて貰います。ベルデ先生、説明どーぞ!」


 シルワの紹介から、気弱そうな眼鏡の女性が彼の言葉を引き取った。

「え、えっと、初めましての人が多いと思うので、先に自己紹介します。私は主に魔法で『擬似物』を造ったり教えたりしている、ベルデ・オルドーと言います」


「え? オルドーって……」

「学園長の名字と一緒?」


 一部の生徒がざわつき始める。

 ノーティオ魔法学園の学園長コル・オルドーには、初めて登校した日に会ったけれど、『眼鏡の優しそうなお婆ちゃん』という印象だった。


「そのとおり! ベルデ先生は学園長のお孫さんなんだ。でもコネ採用じゃないよー。実際凄いんだから、ベルデ先生は」

「あのっ、シルワ先生、そういうのいいですから、『擬似魔物』の説明を……」

「ああ、そうだね。早速ご登場願おうか。どうぞ!」


 シルワが腕を一振りすると、ズシン、と地面が震えた。


「地震?」

「何? 今の振動」

 生徒たちがただならぬ気配に騒ぎ出す。


 ズシン、ズシン、ズシン、ズシン


 リズミカルな振動は、確実にこちらに近づいて来る。

「待って、何? 何なの?」

「え? アレがそうなのか——?」


 全容を現したそれは、生き物としては異様な形をしていた。

 真球の頭部に、立方体の胴体、直方体の四肢。

 まるで大きな積み木だ。

 頭部には落書きの様な目や口が付いて、見ようによっては可愛くさえある。


「はい、これがベルデ先生作の『擬似魔物』です。この練習場の奥の森に五十体待機しているので、みんなで力を合わせて討伐してください! 期限は……ざっくり夜までです。出来なかったら先生たちが回収します。あと終了時には合図します。途中棄権の場合は、何とか森の中から出てきてください」


 班の数は十、班員数は十から二十人程度、そして期限は夜まで。

 普通に考えれば、班ごとで五体ずつ倒せば、この演習戦は終了となる。

 各班の実力を均等に分けてあるなら、難しいことではないかもしれない。


 他の生徒たちもそう考えたのか、『擬似魔物』の周りにワラワラ寄って来た。

「これ、図体だけで動きは遅くない?」

「だよな、思ったより楽勝だな。俺なら片手で倒せるぜ」

 調子に乗った令嬢と令息が、ペタペタ『擬似魔物』の手足を触る。


 ブンッ!


 風切り音がした直後に人影が二つ、宙を舞った。


 グシャッ!


 遥か彼方で、人体の壊れる嫌な音がした。

 先程の風切り音は『擬似魔物』が、蝿を追い払うみたいに、手を一振りしただけのものだ。

 場内が水を打ったように、一瞬で静まり返る。

 ほぼ、皆の思いは一つになった。

「この『擬似魔物』はヤバい」と———


「あー、みんな安心してね〜。死んだ人以外は私が治癒魔法で完璧に治すから❤︎ 頑張って行こ〜」

 もしもの場合に備えて来てくれたラティオ先生の激励も、今は彼らの心に届かないだろう。


「じゃあ、夜まで頑張ってねー。行ってらっしゃい!」

 場違いに明るいシルワの号令に背中を押され、冷えっ冷えの練習場から深い森の中へと、俺たちは暗澹たる思いで進んで行った。



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