第21話 宿題とカラオケ

 花火大会も終わりいよいよ夏後期の補習開始という実質的な夏休みの終わりが数日後にまで迫っていた。

 俺は朝から美術の宿題である身近な人を題材にした人物画を描くため、夏海ちゃんに協力して貰っている。


「ねえ、パパ。夏海お尻が痛くなってきた……」


「ごめん、後ちょっとで下書きが完成するからもう少しだけ頑張ってくれ」


 お菓子で釣ったら簡単にモデルを引き受けてくれた夏海ちゃんだったが、椅子に座って何十分もずっと同じポーズをするのはかなり大変らしく、そう不満の声を漏らしていた。

 この宿題の面倒なところは実物を見ながら描かなければならない点だ。

 絵のモデルに負担がかかってしまう事と、描いている側も無駄にプレッシャーを感じてしまう事を考えると、どう考えても写真を見て描いた方が楽なのだが、美術教師から絶対に駄目だと厳命されている。

 と言うのもカメラは人間の目とは違い単眼のため一度写真を撮ったら一箇所基準でしか露出を合わせることが出来ず、明るい所はきれいに写っているのに暗いところはわからないということが起きるようなのだ。

 もっと簡単に言えば写真には細かい色や影は写らないため、実際に見た実物と写真とでは異なってしまうらしい。

 以上の理由から写真を見ながら描く事を美術教師は禁止にしたわけだが、ただの素人にそこまで求める必要があるのだろうか。

 そんな事を考えながらひたすら絵を描き続けてようやく下書きが完成した俺は夏海ちゃんに声をかける。


「よし、とりあえず下書きは描けた。休憩してもいいぞ」


「やっと自由に動ける」


 夏海ちゃんは動けるようになった事がよっぽど嬉しかったのかその場で踊り出しそうなくらいにはしゃいでいた。

 だがまだまだ完成にはほど遠い事を説明すると一瞬でテンションが下がってしまったため追加の報酬を用意した方が良さそうだ。


「……これが終わったらどこかへ遊びに連れて行ってあげようと思ってるんだけど、行きたいところはあるか?」


「やったー、じゃあ夏海カラオケに行きたいな。テレビでカラオケやってるのを見たら行きたくなったの」


「カラオケか、よしこれが終わったら一緒に行こう」


 遊園地に行きたいみたいな無茶な要求が飛んでくるかもしれないと少し身構えた俺だったが、カラオケであれば全然問題ない。

 むしろ俺がストレス発散でカラオケに行きたいくらいだったので一石二鳥だ。


「じゃあそろそろ再会するか、もう一回さっきのポーズをとってくれ」


「うん、夏海頑張るね」


 その後も休憩を何度か挟みながらひたすら絵を描き続け、無事に宿題の人物画は完成した。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「よし、じゃあ行こうか」


「うん、楽しみだな」


 絵を描き終わってひと段落した俺達は家の近くにあるカラオケBOXへ徒歩で向かい始める。

 そして10分ほどで到着したわけだが夏休みシーズンという事もあり、中は結構混雑していた。

 予約していなかったため案内されるまで時間がかかるのでは無いかと不安になる俺だったが、幸いな事に特に待ち時間無くすぐに部屋へと通される。


「飲み物取ってくるよ。夏海ちゃんは何が欲しい?」


「じゃあオレンジジュースがいいな」


「オッケー、取ってくるからそれで先に好きな曲を入れといて」


 俺は曲を入れるタブレットを夏海ちゃんに手渡すと部屋の外にあったドリンクバーへと向かい、オレンジジュースとコーラをそれぞれコップへ注ぐ。

 両手にコップを持った俺が部屋へと戻ると、夏海ちゃんはタブレットを持って何やら悲しそうな顔をしていた。


「どうしたんだ? 悲しそうな顔してるけど」


「あっ、パパおかえり。夏海の歌いたかった曲が入って無いの……」


 なぜ夏海ちゃんの歌いたい曲が無いのかと考え始める俺だったが、すぐに原因が思い浮かぶ。


「……ひょっとしてその曲って夏海ちゃんが未来でよく聞いていた曲だったりする?」


「うん、そうだよ。小学校でめちゃくちゃ流行ってた曲なの」


 なるほど、どうやら俺が予想した通り夏海ちゃんが歌おうとしていたのは未来の曲だったようだ。

 16年後の未来から夏海ちゃんが来ている事を考えると、その曲はまだこの世に存在すらしていないのだろう。


「その曲は多分入ってないから別の曲にしよう」


「むー、歌いたかったのに」


 残念そうな顔をする夏海ちゃんを宥めながら、一緒に曲を考える。


「あっ、この曲なら知ってるよ。このアニメは見たことがあるから」


 夏海ちゃんが選んだ曲は有名な女児向けアニメの主題歌だった。

 どうやら未来でもまだシリーズの新作が出続けているようで、過去のシリーズも頻繁に再放送されているらしい。

 早速タブレットで予約し、曲がスタートすると夏海ちゃんは右手にマイクを握りしめてテンション高く歌い始める。


「めちゃくちゃ上手いな」


 歌を聞きながら俺はそう正直な感想を漏らした。

 俺がお世辞にも歌が上手いとは言えないため夏海ちゃんもあまり上手く無いと勝手に思い込んでいたわけだが、その予想は大きく裏切られたのだ。


「そう言えば、カラオケと言えば西条先輩もめちゃくちゃ上手かったよな」


 小学生の頃、書道教室のメンバーでカラオケに行った事があるのだが、その中でも西条先輩が飛び抜けて上手かった事を思い出した。

 ちなみに一緒に行ったメンバーの中で一番の音痴は恵美だったりする。

 俺とは違いお化けが平気だったり、歌が上手かったり、夏海ちゃんは一体誰に似たのだろうか。

 夏海ちゃんの歌を聞きながらそんな事を考えるが、その答えはでそうになかった。

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