ダンジョン・プレイヤーズ~三つのスキルで異世界迷宮に挑め~

小咲花

プロローグ【祈る者の縦穴】

第1話【転移】

「おめでとう! 諸君らは選ばれたのだ!」



 ――岐久川きくかわ高校二年C組を、突然連れ去った存在は、そう言い放った。



 ◆◆◆◆◆




 その日はなんでもない、暖かい秋の日だった。

 僕、風見かざみ 鳥羽とわは、文化祭の準備で賑やかな、放課後の教室を眺めていた。

 僕の担当は造花制作なのだが、ちり紙製の造花は既に机の上を占領しており、これ以上作ってしまっては入場門がなんと書いてあるか分からなくなってしまう。

 さりとて、他の重労働を請け負う気にもなれない。僕のような地味キャラが、場を仕切るリア充集団に声をかけても気を遣われるだけで、それはそれで辛いのだ。

 下校時刻までどうしようか。欠伸をする。目を閉じ、開くと、景色が切り替わっていた。


「……えっ」


 柔らかな西日が射すオレンジ色の教室が、薄暗いグレーの空間に変わってしまっていた。


「えっ?」


「へっ? ……えっ!?」


「はあ!?」


 周りから驚愕したような声が聞こえる。どうやら僕以外にも誰かがいるようだ。いまだ混乱する頭を抱えながら、僕は制服のポケットからスマホを取り出した。画面は点くが、圏外だ。

 周囲の声の主も同じ事を試したのか、暗がりに、スマホで照らされた顔がぼおっと浮かび上がる。それらを見るに、周囲にいるのはクラスメイトだと判明した。正確な人数までは把握できないが、さっきまで教室に居た者が、この薄暗い石室せきしつに連れて来られたのだろうか。


 石室――そう、ここは恐らく石室のような場所だ。壁には小さな灯りが取り付けられており、それに照らされた壁の材質は、切り出した石に見える。

 頼りない灯りに沿って部屋全体を見回す。広さは教室より少し大きいくらいだろうか。

 などと、冷静に状況を判断している風だが、実際は心臓がバクバクと早鐘を打っているし、なんなら恐怖でおしっこも漏れそうだった。


「か、風見くん⋯⋯」


「うわヒャーっ!?」


 なので、背後から肩に手を置かれた時、白目を剥きながら情けない声を出してしまったのも仕方がない。


「ご、ごめん!」


 黒目を帰還させながら振り向く。

 そこにはスマホのライトで下から照らした女子の顔があって、今度こそ失神しそうになった。けど、それが知った顔であることに気づいて、気を取り直す。


「ゆ、百合崎ゆりさきさん?」


 学級委員長の百合崎 かなでさんだ。

 校則を絵にかいたような折り目正しい女子で、僕よりも少し背が低い。

 カピバラのような、大きくてゆったりした小動物を思わせる、のほほんとした雰囲気を纏っていて、男子には好かれ、女子には可愛がられるという奇跡のようなバランスの女子だ。かといって顔がげっ歯類似かと言えばそんな事はなく、端的に言えば、可愛い。


「ごめんね、驚かせて⋯⋯。近くに風見くんの顔が見えたから⋯⋯」


 流石にのほほんとした雰囲気はなりを潜め、百合崎さんは怯えている様だった。


「う、うん。大丈夫。それより⋯⋯」


「うん、なんだろ、この状況⋯⋯。風見くん、なにか知ってる?」


 その問いかけに、かぶりを振る。僕が知りたいくらいだ。


「百合崎さんは?」


 百合崎さんも同様に、ふるふるとかぶりを振り、おさげが揺れた。当たり前のことを確認し合い、僕は眉間に皺を寄せながら、石室全体を睨め回す。


「スマホも圏外だし……ひとまず、部屋の中を調べてみようか?」


「そう、だね。何もしないよりは⋯⋯」


 百合崎さんの同意も得られたので、僕は「じゃあ」と適当な壁を指さす。百合崎さんは頷き、なぜか僕の袖を、指でちょこんとつまんだ。


「えっ?」


「あっ。暗いし、危ないと思って⋯⋯」


「な、なるほど」


 壁を指さしたのは、"僕はあっちを調べるから手分けしよう"という意図だったが、『袖ちょこん』の破壊力が高かったので、伝わらなかったのは良しとしよう。

 しかし考えてみれば、それもそうだ。この理解不能な状況で別行動を取るのは得策ではない。なので、ここは百合崎さんの意向に従おう。

 "役得"の二文字が脳裏を掠めたが、振り払い、いざ調査――と足を踏み出したところで、



「――ようこそ、勇者たちよ」



 クラスの誰のものでもない声が響いた。

 なぜそう判ったのかといえば、C組にはこんな、合成音声ソフトで作ったような声の持ち主はいないからだ。

 壁にかけられた灯りが徐々に強さを増し、声の主と部屋の全貌が姿を現す。


 やはり、部屋全体の広さは教室ほどだった。そして、位置的に黒板があった壁の前に、その男は居た。

 七三分けの、スーツ姿の男だった。ここが教室だったなら、これから授業を始めますと言われても違和感がなかっただろう。

 顔も、印象に残らない様なありふれた容姿だ。しかし何故だろう、男の顔をじっと見ても、何故か記憶に残らない。というか、脳が認識を拒んでいる様だ。


「初めまして、こんにちは。私はこの世界の管理者だ。さて、急に諸君らをお呼び立てしたのは、他でもない――」


 男は、異様な状況に飲まれて声も発せない僕たちに向かって、



「おめでとう! 諸君らは選ばれたのだ!」



 と言い放ったのだった。


「……質問があります。あなたは、オレたちに何をさせようとしているんですか?」


 沈黙する生徒たちの中で、一人の男子が手を挙げ、男に問いかけた。

 龍ヶ崎りゅうがさき ひじりくんだ。クラスで一番背が高く、文武両道、顔も性格も良しと、僕とは対極に位置する男子だ。

 僕が数千円のママチャリだとすれば、彼はウン十万円もするロードバイクと言えよう。


「質問に答えよう! 諸君らはこの世界に巣くう害虫の巣――『迷宮』を駆除するために、私が召喚した勇者なのだよ」


 男は芝居がかった仕草で手を広げ、うんうんと頷いた。


「その、迷宮と――」

「そう、迷宮とは!」


 龍ヶ崎くんが更に質問しようとすると、男が食い気味に言葉を被せた。


「腫瘍のようなものだ。世界各地に突如として発生し、放置すれば拡大し、魔物が沸き出し、世界を侵食していく。それを防ぐ方法はただ一つ! 迷宮の最深部にある『メイズコア』を破壊するしかない」


「オレたちは元の場所に帰れ――」

「安心して欲しい! 迷宮には幾多もの『トレジャー』が眠っている。迷宮の最奥にある『ポータルキー』を使えば、元の世界に戻る事もできるだろう」


「危険は――」

「それも安心したまえ! 諸君らには戦うための力を授けようとも!」


 言葉を遮られ続け、たじろいでいる龍ヶ崎くんを横目に、僕はひとまず頭の中を整理しようと試みた。


 まず、僕たち二年C組がこの場所に呼び出されたのは『迷宮を駆除するため』。


 駆除の方法は、迷宮最奥にある『メイズコアの破壊』。


 その為に男――管理者は僕たちに『戦う力を授ける』。


 そして、これが何より大事だが、この場所は恐らく、僕たちがさっきまでいた場所とは別の世界に存在している。

 龍ヶ崎くんが『元の場所』と聞いたのに、管理者は『元の世界』と答えたから、そう判断した。パラレルワールドとか、異世界とか言われるやつだ。


 そして元の世界に帰還する為には、迷宮の最奥にある『ポータルキー』が必要である、と。


「っざけんじゃねえぞ!」


 情報を整理していると、突然一人の女子が管理者の前に躍り出た。

 円城えんじょう ほむらさんだ。髪を赤色に染め、バッチリ化粧を決め、制服を着崩した、いわゆるギャルである。


「いきなりこんな所に連れてきて、めーきゅーとやらを駆除しろだ!? 頭沸いてんのか!? 今すぐ元の場所に戻せ!」


 円城さんは、見ているこちらが震えてしまうほど、物凄い剣幕で捲し立てる。しかし、管理者は涼しい顔だ。


「先程も言った通り、諸君らが元の世界に帰る為には、迷宮を攻略する必要がある。それ以外に方法は無い」


「てめっ……!」


 その塩対応に、円城さんはこめかみに青筋を立てながら管理者に詰め寄った。


「円城、やめろ!」


 龍ヶ崎くんが身を乗り出し、円城さんの肩を掴む。


「得体の知れない奴だ、歯向かわない方がいい」


「あァ? じゃあテメーはこの状況、納得できるのかよ?」


「出来るわけないだろう。でも、今は抑えてくれ」


「今しかねえかもしれねえだろ? 全員でコイツ囲んでタコっちまえば良いんだよ。なあ!?」


 確かにクラス全体でかかれば、相手が見た目通り、普通の男ならボコボコに出来るだろう。

 しかし、この管理者と名乗る男は、二年C組全員を、一斉に別世界に移動させる力を持っている。もし、反抗的な態度が管理者の怒りを買い、今度は岩の中や海の底などに飛ばされたら⋯⋯。

 そう考えると、円城さんの提案に乗る事は出来なかった。その怯えた思考に至ったのは僕だけではないのだろう。クラスの誰も、前に出ようとはしなかった。


「⋯⋯⋯⋯チッ!」


 円城さんは龍ヶ崎くんの手を振り払い、クラスメイトを押し除けて、壁際に移動し、腕を組み、獣のような眼光で天井を仰いだ。


「話は終わったかね? こちらの話を再開してもよろしいかな?」


 管理者が龍ヶ崎くんに聞く。すっかりクラス代表として扱われているが、この場の誰も異論はない。むしろ、あんな得体の知れない男の矢面に立ってくれて感謝しかない。


「⋯⋯はい」


「うむ。早速だが、諸君らに戦う力を授けよう。ポケットを探ってみたまえ」


 そう管理者が言った瞬間、僕のズボンのポケットにズシリと重い感触が生まれた。百合崎さんに掴まれていない方の腕で、恐る恐る探り、取り出すと――


「⋯⋯なにこれ?」


 黒い板。そうとしか形容できないものが、僕の手に握られていた。少し大きめのスマホくらいのサイズで、裏も表もマットな質感の黒色だ。


「それは……ああ、『デバイス』とでも呼んでくれたまえ。このデバイスは、諸君らをこの世界に適応させるためのだと思いたまえ。決して紛失しないように。」


 ……こんなものが『戦う力』なのか?


「さあ、デバイスを手にしたら、今から言う単語を念じるのだ。『剣』『近接』『Meleeメレー』と。どれでも良いぞ」


 果たして、このまま管理者の言いなりになって良いのだろうか――という危惧はあるものの、単語を発音されては、否が応でも思い浮かべてしまう。

 直後、デバイスが淡い光を放ち、形を変化させた。


 手に握られたに鍔、そして刃……剣だ。

 刃渡りは五十センチほどだろうか。異常に軽い。

 全ての配色が艶のない黒色で、一見すると、ただ黒いプラ板を切り取っただけのオモチャに見える。


「成功したようだな。では次。『銃』『遠距離』『Rangedレンジド』」


 またも促されるまま単語を思い浮かべると、デバイスが再び淡く発光し、今度は細長い三角錐に変化した。全長は肩から指先まであり、どのような仕組みか、腕のすぐ側に浮遊して静止している。腕を上げ下げすると、その動きに追従した。


「この二つがデバイスの戦闘形態だ。『剣』は射程が短いが、防御系ステータスにボーナスが得られる。『銃』は遠距離から攻撃できるが、弾を発射する度にMPを消費する」


 ⋯⋯ステータス? えむぴー?

 突然ゲーム用語を用いられたものだから、軽く面食らってしまう。


「ではステータスの確認方法を説明しよう。『オフ』でデバイスは元の姿に戻る。そうしたら次は『ステータス』と」


 言われるままに『オフ』でデバイスを元のスマホサイズに戻し、次に『ステータス』と念じた。すると、黒い表面に、白い文字と数字が表示された。




 Owner:風見 鳥羽

 Lv.1

 HP:120/120

 MP:100/100

 AD:90

 AP:80

 SL:40

 MR:30


 P 『  』

 A 『  』

 U 『  』



 HPとMPは分かるが、ADやAPとはなんだろうか? それに、最下段のP、A、Uとは、一体……。


「表示されたかな? では簡単に各種ステータスの説明をしよう」


管理者は、まるで呼吸を必要としないとでも言うように、一気に語り始めた。


「『HP』はヘルスポイント。これがゼロになると死に至るので、注意されたし」


「『MP』はマナポイント。デバイスの遠距離攻撃や、スキルの発動に使用する」


「『AD』はアタックダメージ、物理攻撃力。デバイスの攻撃力や、一部スキルダメージの上昇に寄与する」


「『AP』はアビリティパワー。高ければ高いほど、魔法スキルの威力を底上げする」


「『SL』はシールド。敵からのダメージを実数値分軽減する。例えば、受けるダメージが[100]の時、自身のSLが[100]なら、ダメージはゼロに抑える事ができる。しかし注意して欲しいのが、SLはダメージを軽減した分消費するということだ。時間経過で回復するが、連続して攻撃を受けるとあっという間に敵の攻撃がHPに届くぞ」


「『MR』はマジックレジスタンス。こちらは魔法ダメージの軽減だが、実数値ではなく割合になる。如何ほど軽減するのかは、数値をそのままパーセントとして見たまえ。また、状態異常にも同等の抵抗値を発揮する。」


「各ステータスは、Lvが上がれば自動的に上昇する。ここまではよろしいかな?」



 えーと⋯⋯つまり、僕のHPは[120]、SLは[40]だから、[160]以上の物理ダメージを受けたら死亡。

 MRは[30]、SLを加味しても、210とちょっとでも食らえば死亡。

 これは……どの程度の防御力なのだろうか。

 管理者は『HPがゼロになると死亡』と言った。あまりに低すぎる防御力だと、恐ろしくて戦うことなんて出来やしない。


「死と聞いて臆する者もいるだろうが、安心したまえ。諸君らの戦う力はデバイスだけではない。最下部に『P』『A』『U』と、3つの項目があるだろう。それは諸君らに授けられたスキルだ」


 管理者は、更に語り続ける。

 認識できない顔とは裏腹に、その不可思議な音声は、すっと頭の中に染み込んでくる。


「『P』はパッシブスキル。MPを消費しない、常時自動発動型のスキルだ」


「『A』はアクティブスキル。MPを消費して発動する。スキル名を念じるか、声に出す事が発動条件だ。クールタイムが設定されており、連発は出来ないので注意されたし」


「『U』はアルティメットスキル。発動条件は『A』と同様だが、『A』と比較するとMP消費、再使用時間共に莫大だ。だがその分、絶大な威力を発揮するだろう」


「スキルは、デバイスが諸君らの”個性”を読み取り、発現したものだ! デバイス上の文字に触れることで、スキルの詳細を知る事が出来るので、各々で確認されたし!」



 なるほど⋯⋯なるほど?

 説明に納得がいかず、もう一度ステータスを確認する。



 P 『  』

 A 『  』

 U 『  』



 僕のスキル欄、全部空白なんだけど、壊れてないですかね?

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