脳内変換ノート
星色輝吏っ💤
page.01 ノート
記憶にないことだけが、逆に鮮明に記憶に残っていく。
俺はそんな体質の人間だった。
そんな病気などない。
けれども俺は、記憶したいことだけが記憶できず、記憶したくないことや記憶しなくてもいいことが、鮮明に俺の脳に焼き付いてしまう。
俺は誰かに話しかけられてもきっと、それが誰だかわからない。
すぐ1時間後には、何もかもなくなってしまうようなものだ。
今俺が頭の中で考えているようなことも、消えてしまう。
だから俺は忘れてはいけないことを、ノートに記しておくのだ。
『俺の脳内変換ノート』――――俺専用の、つまらないノートである。
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「よぉ、春騎。元気か?」
自分の名前を呼ばれた。彼は……。
「元気に決まってるだろ」
「そうだよな。お前はいっつもポジティブだから」
俺が吐き捨てるように言うと、彼は『いっつもポジティブ』と言ったのだ。だから彼は……
「あはは・・・キミは僕と同い年・・・だよね?」
「ああそうだ。名前は――」
「いいよ言わなくて。言わなくても大体わかる」
「そうか?」
「・・・・・・うん。心の中からは消えたりしないからね」
「そう・・・か・・・・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえかっ!」
彼は手を俺の肩に回してくる。
「えへへ・・・きっとキミがそういうことしてくれるから、俺はポジティブなんだよ」
「お前その状態だと、一人称僕の方が合うんじゃねえか」
「そうかな・・・」
「考え方は変わらなくても、口調は変わっちまったりするからな」
「まあな・・・」
ノートにはぎっしりいろんなことが書かれているが、それを全部読んでいたらせっかくの時間が台無しだ。
必要最低限のことは1ページ目に書いてある。……ということが、ノートの表紙に書いてあったから、俺はそれに従って1ページ目だけを読んだ。
「お前さ、いつもすげえよな。よくわかんねえけど、ずっと自分を保ってる気がする。何度も病院行って、何も進展がないのに、笑っていられる。忘れたからじゃない。覚えていてもだ」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「本当のことだよ。人間の本質は何があっても変わらないんだ」
真剣なまなざしで彼は言うけれど、俺は彼の名前しか知らない。今は何となく話しているけれど、全く彼の性格も知らない。今のところ優しい人だとは思うけど、正直、俺が今この場で彼に殴られても、そんなに何も思わないだろう。
ダメだったんだな・・・と思うだけだ。
「じゃあ・・・今日俺帰らなくちゃいけないから」
「なんで・・・?」
「ひみつだ」
彼は言って、帰ってしまった。俺は何をすればいいのか、全くわからないが、することはいくらでもある。俺の部屋にはぎっしりやることがたくさん書いてある。意味が分からないが。
一種の記憶喪失かもしれないが、一時間以内の記憶しか覚えていないというのは、言い方を変えれば、一時間以内の記憶は覚えているということになる。なぜそんなにも正確なのか。ちょうど一時間。なぜ一時間だとわかったのかも、俺は知らないけれど、俺はノートの内容を素直に信じる以外に道はない。
だってなにもしらないのだから。
いつか俺は戻れると信じている。
そう思いながら、俺は台所を探し、そこで包丁を探し、満面の笑みで自分の心臓に向かって包丁を向けた。
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