第21話 E

「ぅぅぅ…」


 床に転がった状態で激しく痛む左頬の確認をするため恐る恐る手をやった。流血や傷はないが腫れているようで触れる度に刺すような痛みに襲われる。


 痛みから頬に強烈な一撃を受けた事を認識したものの、原因となる一撃が何だったのか理解できないでいた。メキメキという嫌な音は頭から離れず不快感と痛みで顔が歪んだ。

  

「あぁーッ!!痛い、ほんとにもう…なんでこんな…『――主よ、生きとし生けるものを救うために神の奇跡を授けたまえ、傷付いた我が手に慈悲を与え一時の休息を与えん、治癒ヒーリング』」


 魔法の詠唱が聞こえる方に目をやると黒の修道服を着た美しい女性がメイスを握った手に治癒魔法をかけている。どうやら俺は殴られたらしい。

 

「知ってますか?何かを握った状態で殴るとどうなるか」

「…威力があばる」

「それと?」

「…ゴブジにゲガをずる」

「正解です『神の慈悲を与えん、小治癒リトルヒーリング』」


 修道服の女性は俺に近寄る事無く回復魔法をかけてくれたようで、痛みは消え左頬の腫れがひいていった。


「補助魔法がかかっているとはいえ殴った私の骨が折れるなんて、アナタはかなり頑丈な頭蓋骨をしていますね。これなら遠慮なくメイスで殴れば良かった」


 いやいやいや、物騒な事を呟いてる、これ以上の暴力は勘弁願いたい。俺はすぐに立ち上がり深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!先程は本当に失礼しました!」

「しっかり反省して下さいね、初対面の女性の胸を凝視するなんて聖女様はお許しになりませんよ?そろそろ頭をあげてもらって結構です」

「肝に銘じます。ところで、聖女様とは?もしかして貴方様が?」 


 身体から考えてもAより歳上なのは間違いない。

 教会の階級については良く分からないが、見事なパンチに回復魔法の使い手が普通のシスターであるはずは無いだろう。


「私はA姉様の妹で聖女ではありません。それより、聖女様を知らないのですか?」


 妹!?あれ?そういえばO姉様とも言ってたような気がする。そのせいで殴られる事になったような気もするが、どうだったか、殴られて記億が…。


「あ、はい、申し訳ないです。初耳です」


 とりあえず考えるのはあとだ。


「神父FもA姉様も説明していないのですね…、私達神官は聖女様の洗礼を受けて個性を表した特別な名前を貰います。

 洗礼名は大切なもので名乗りあげると切り札としても使えるんです。切り札を普段から使うわけにもいきませんので、洗礼名から一文字を取り私達は誇りを持ってその一字を名乗ります。申し遅れましたが、私の名前はEです」

「あぁ…、それで俺は殴られたのですね、特別な名を呼び捨てにしたから。どおりで師匠Aも怒るわけだ」

「いえ、さっき殴ったのは貴方の視線に邪なものが宿っていたからです」

「…(なんだろう、この居心地の悪さ)…すみません、気をつけます」


 俺は視線を逸らすことなくEの目を見て応えるとEは満足そうに頷いた。


 しかし、なんだか違和感がある。女神ベルフェの世界ゴールはこんなに真面目で良いのか?


 もっと神の本質が色濃く表れた怠惰で好色な世界を予想していたし、教会もそういう事を広めてるのかと思っていたが、結構真面目な教会じゃないか?


 思い返せばベルフェ様もちゃんと服も着てたし真面目な受け答えをしてたが…うーん、わからん。聖女様が関係してくるのか?


 そんな事を考えていると身体を覆っていた白い光が消え、脱力感が襲ってきた。


「うぉ、身体が重い…」

「どうやら支援魔法の効果が切れたようですね」

「そんな!まだ任務の途中なのに…」


 Eの登場で忘れていたが俺は薪を運んでいる最中だった。支援魔法が切れてしまえば任務達成は不可能だろう。


「そんなに絶望するような奉仕任務なのですか?」

「さっきここに運んできた薪の束ですが、あと226束を東屋に運ぶ予定です」

「初日にそれですか、さすがA姉様」


 いやいや、憧れの眼差しみたいなのはいいから。普通おかしいでしょ?ねぇ、…おかしくない?


「すみません、こんな事をお願いできる立場ではないと思うのですが、俺の力量不足でこの任務が達成できる見込みがありません。師匠Aからの初任務、どうしても成功させたいのです。補助魔法のご協力お願いできませんか?」

「そうですね、では1つ条件があります」

「できる事なら何でも」

「この場でシャツとズボンを脱いで下さい」

「なん?んん!?」


 いやいや、俺は酒場でシュカンの誘いにも乗らなかったんだ。…いや、でもあれはシトロの女だったからで…ええい!ついにここに来て神の本質が…!


「あなたはかなり………汚れすぎですから」

「…わかりました」


 俺が邪な気持ちから想像してしまった怠惰と好色な教会はどこにも見当たらなかった。

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