第6話

 


 わたしがリオネルに手を挙げた数日前、部屋に閉じこもり、悲しみに塞ぎ込みんで……いる振りをしていた時の事。


「ダリアお嬢様、ダージリンをお入れしました」


 様子を見に来たのは執事のロベルト。


「………」


 返事もせず、枕に顔を埋め無言のわたしに、哀愁を含んだ声色は独り言のように話し始める。


「私は貴女のお父様、現当主のジルベール様と同じ歳。 幼少より同じ時間を過ごし、このノームホルン家に仕えてきました」


 その声はわたしに予感させる、思っていた通りの。


「ジルベール様とアインツマン様の事、そして、当主をお継ぎになって、今はお嬢様も知るお二人が加護を授かる前の、当時の厳しいノームホルン家の状況も良く知っています」


 わたしはベッドから紅茶の置かれたテーブルに行き、腰を下ろした。


「……おいしい」


 穏やかな白髪は微かに微笑み、また語り出した。


「私がこの屋敷を出ようと思ったのは、これまで一度だけでした。 希望が見えず、衰退するノームホルン家を見たくなかった。 その時は、双子の天使が私を引き留めた」


 あの頃、両親はいつも機嫌が悪かった。 それを出来るだけ見ないように、ロベルトが隠してくれていたんだ。 思えば、わたし達姉妹を育ててくれたのは、この人なのかもしれない。


「ですが、これで二度目です。 私の希望は絶たれるでしょう。 こんな事を言うのは罰当たりでしょうが、どうしても思わずにはいられません。加護なぞ、授からなければ……」


 わたしとリオネルに、ロベルトはノームホルン家の希望を見ていてくれたのだろう。 その希望を、神の加護が邪魔をしたと。 そして、深読みすれば……


「ステラリアお嬢様とリオネル様のご婚約が決まり次第、ロベルトはお暇をいただきます」


 育ての親は屋敷を、ノームホルン家から去ると言った。 わたしは目を瞑り、それから、したためておいた手紙をロベルトに差し出す。


「これは……」


「あなたにしか頼めない、大事な手紙です。 これをリオネルに」


「……かしこまりました。 ――? 二通、ございますが」


「一通はあなたへです。 ノームホルン家と縁を切った後、読んでください」


 こうなる事はわかっていた、やり切れないわたしの表情にそれを感じ取ったロベルトは、何かを隠すように深くお辞儀をした。



「相変わらず、隠すのが得意ね」




 ◆




 そして今日、わたしはロベルトの居なくなったノームホルン家から買い物に出掛ける。



 ――――ステラリアとリオネルの、婚約が成立したのだ。



 さあ行きましょう、最高のプレゼントを用意してあげるわ。


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