第49話



 無為の時が果てなく流れていきました。アタシは、ひたすらに無の境地に挑戦しています。


 その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきました。ようやく……アタシ達の待ち人が訪れたようですね。コムさんは立ち上がると扉へ向かっていきました。アタシも、お客様を迎えにいきましょう!


「すいません、今開けます」


 コムさんが扉を開いた瞬間……少し緊張してしまいました。なにせ、この前はゾンビが現れたんです。今回は少し身構えておくことにしましょう。


「あ、ご丁寧にありがとうございます」


 ドアから入ってこられたお客様は普通の方でした。いや、それが当然なんですけど……ちょっとガッカリ感があるのは、何ででしょうね。


 いやいや、失礼な事を考えていてはいけません。お客様を歓迎しましょう。




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「こんにちはー。本日はお誘い頂いて、どうもありがとうございまーす」


 室内に入ってきたのは女性でした。愛嬌のある顔立ちをなさっていますね。ミディアムヘアーでナチュラル癖っ毛の美人さんです。髪の先端部の跳ね上がりが活発そうな雰囲気をかもし出していますね。


「ようこそ、おいでくださいました。どうぞ、こちらへお掛けください」


 コムさんも手慣れたものです。お客様をいつものソファーへと誘いました。先導するコムさんと、その後ろを歩くお客様……更に後ろを進むのがアタシです。そして彼女には、ソファーの中央に腰を下ろしてもらいました。


「これはご丁寧に。ありがとうございます」


 そうお礼を言う彼女。その姿はデニムパンツにスニーカー、キャミソールにノーカラージャケットを羽織っていますね。オシャレで動きやすそうな服装です。ちなみにノーカラーと言うのは襟なしを意味しますからね。決して色がない訳ではありませんから、あしからず。でも、ノーカラーの上着ってオシャレな意味合いが強いと思っていたんですが、他にも実用的な一面があったんですね。彼女を見て、それに気づいちゃいました。それはですね……ノーカラージャケットって身体前面にゆとりが出来るんですよ。要は普通のジャケットとは異なって、前面のボタンを閉めるような事はあまりないんです。だから巨乳の人には着やすいのでしょう。あとは……それを強調するにも優れていますね。


「私……瀬戸弥生と言います。初めまして、よろしくお願いします」


 彼女は【せとやよい】さんと言うみたいです。アタシとコムさんは、彼女を挟むようにソファーに腰掛けました。


 そして、しばらくは世間話を楽しむのです。そう……【謎】をメインディッシュとするなら、こちらは前菜みたいなものですね。




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 世間話の成果としてわかったんですが……瀬戸さんがこちらの世界に持ち込んだ【謎】とは、ご自身が巻き込まれた事件の体験談みたいです。そして、彼女はその事件から逃れることができたようです。これは彼女が事件で死んだという事を意味していません。つまり、ハッピーエンドだったみたいです。たまには……こういうのもいいですよね。いくら死後の世界とは言っても、いつも死の話ばかりしていては飽きてしまいますから。


「私……若い頃はオカルト趣味があったんです。いや、若くなくなってからもでしたが……」


 そう言って、大きく笑う瀬戸さん。彼女の今の容姿は……きっと若い頃の容姿を反映させているのでしょう。しかし素敵な笑顔ですね。


「大学生の頃は特にオカルトにハマっていまして……きさらぎ駅に行けると言われていた路線に乗ってみたり、そこで猿の夢が見れないかと試しに寝てみたりしていました。他にもリゾートでアルバイトもしましたよ」


 きさらぎ駅ですか……聞いたことありますね。確か、本来の行き先ではない駅に辿り着いてしまって、そこで不思議な体験をするお話でしたっけ。よく覚えていません。


「有名な話ですよね。昔のインターネット掲示板が発祥だったと記憶しています。猿の夢の話も……その掲示板でしたっけ?」


 コムさんが合いの手を入れました。ああ、なるほど……創作系のオカルト話だったんですか。都市伝説も同じなんですよね、確か。


「皆さんには昔に感じるかもしれませんが……私にはリアルタイムだったんですよね。その掲示板」


 あ……そっか。今風のオシャレな感じに騙されていましたが、瀬戸さんはアタシ達より少し上の世代の方なんですね。実際の所……こちらの世界でのアタシ達は、まだまだ新参の部類なんです。だから、お客様の方が先達だと言うのは、当たり前と言えば当たり前ですね。


「僕が見たのは……まとめサイトの過去ログでしたね。思い出すと……【くねくね】が怖くて、夜に眠れなくなった事がありました」


 コムさんが、昔の恥ずかしい過去を語っていますね。ですが、残念なことに……アタシにはそういった経験が皆無なんです。どれだけ怖いホラー映画を見ようが、夜に八時間しか寝れなかったぐらいですから……はい、健康体ですね。


「ありましたね……【くねくね】。懐かしいです。【邪視】と似ている話でしたよね」


 瀬戸さんが話に乗っかってきました。


「見てしまうと……良くない事が起こる系のオカルトですね」 


「大丈夫ですよ。もし見てしまったのなら……寺生まれの師匠に祓ってもらえば大丈夫ですから」


 よくわからない話が続けられています。まさかB級映画に続いて同じ目に遭うとは思っても見ませんでした。しかも前回に続いて寺がキーワードになるとは……普通、思いませんよね。ですが、経験があるだけに対処法も知っているんです。アタシは作り笑いで乗り切ることに決めました。


 そんなアタシを見ると、コムさんが口を開きます。


「おゆきさん……口裂け女みたいになってるよ」


 失礼な事を口走ったコムさん。


「ポマード・ポマード・ポマード」


 彼に対して……アタシは、そう返しました。


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