5-5

 夏紀の説明を聞きながら、ハルは徹二に料理を教えていた。

 もちろん、徹二は既にたくさんの技術を身につけてはいたけれど。

「テツ、うちのオムライス、食べたことある?」

「いいえ、ないです」

 予想外の答えだったのか、ハルは徹二を残念そうに見た。

 一番人気のメニューなので、徹二も作ったことはもちろんあるけれど。

 ハルは徹二を見つめたまま何も言わず、顔を店内へ向けた。夏紀たち女性三人は徹二の話で盛り上がり、勇馬はそれを黙って聞いていた。


「どこかに徹ちゃんにお似合いの子いないかなぁ?」

「そうねぇ。二人とも、結婚しちゃったしねぇ……」

 周りが既婚者ばかりじゃさすがにねぇ、と溜息をつきながら、恵子は腕を組んだ。さやかは勇馬と結婚したけれど、夏紀とハルは実際はまだだ。

「ねぇ勇馬、後輩に可愛い子いない?」

「うーん……。徹ちゃんより若い子、何人かいるけど、……どんな子が好みなの?」

 勇馬の質問にさやかが答えようとして、「そうそうそう!」と夏紀のほうを見た。

 さやかが何を言おうとしてるのか見当がついた夏紀は視線を逸らしたけれど、さやかからは逃げられないようで──。

「そういえば、徹ちゃんって夏紀のこと好きだったよねぇ」

 そうなんですか? という驚きの声が勇馬からあがり、夏紀は思わず小さくなった。

 夏紀は彼とはそういう関係にはならなかったけれど。

 ハルも徹二に、夏紀は「俺のだから」と宣言していたけれど。

 夏紀も徹二のことは嫌いではなかったので、何となく調理場のほうを向きづらい。

「徹ちゃん、夏紀が来るといつも嬉しそうだったもんねぇ」

「へぇ。夏紀ちゃんみたいな子……いたかなぁ」

 勇馬は会社の後輩たちを思い浮かべ。

 さやかと恵子は、夏紀と徹二のことを思い出して。

 ああだこうだと言っている横で、ますます夏紀が小さくなっていき──。

「あれ、徹ちゃん、まさか、夏紀がいるから、って理由でここで働きたいって言ってるんじゃないよね?」


 さやかの質問は徹二とハルにもしっかりと聞こえていた。

 オムライスを作ろうと卵を割っていた徹二は思わず手に力が入り、割った卵に殻が混じってしまった。慌てて殻を取ろうとするけれど、なかなか取り出せない。

「テツ……そうなのか? その慌てぶり」

「ち、違います! 違いますよ! 夏紀さんは、オーナーの……」

 久しぶりに見たハルの冷たい視線に怯えながら、徹二はようやく殻を取り出した。

 落ち着こうとして深呼吸し、まだ隣に感じる気配に顔を上げた。想像していた通り、ハルの顔はまだ少しだけ怖い。

「信じてくださいよ……。僕は本当にこの店が好きなだけなんです。オーナーにも、城崎さんにもお世話になったし、お客さんにも……。それに、僕なんかより、オーナーのほうが夏紀さんとお似合いだと思います」

 少し照れながら言いきったとき、徹二の隣にハルの姿はなかった。

 ハルは恵子の隣に立っていて、「それ、完成させたら、持ってきて」と言った。


「ナツは? テツのこと、どう思ってた?」

 ハルからの予想外の質問に、夏紀はしばしハルを見つめた。

 夏紀が徹二と出会ったとき、既に夏紀はハルに会って、彼をイケメンと認識していた。徹二とは仲良くしていたけれど、年下なので恋愛感情はなかった。

「どうって、別に、何も無いよ」

「──本当か?」

「うん。でも、もし私が徹ちゃんのこと好きだったとしても、ハルと付き合う前だったから何も問題ないよね」

 夏紀の質問には答えずに、ハルは夏紀をしばらく見つめていた。

 その表情の冷たさに夏紀は悲しくなってしまったけれど。

「ずっとオーナーのこと探してたもんね、夏紀は」

 さやかの発言に助けられ、ハルは話の続きを待った。

「傘を貸してくれた人がものすごくイケメンだった、ってさ。夏紀は『傘を返したいだけ』って言ってたけど、顔には『惚れました』って書いてたもんね」

 夏紀とハルが出会った経緯は、恵子と徹二にも伝えられていた。

「バーベキューのときだって、夏紀、言ってたじゃない。その人がオーナーだってわかる前で、『いたらバーベキューどころじゃない』って」

 一年前を懐かしんで言うさやかを置いて、ハルは夏紀をじっと見つめていた。その表情はすこし硬いけれど、さっきのような冷たいものではなかった。夏紀はハルの正体がわかる前のことを彼には伝えていなかったので、「それは本当なのか」という顔だ。

「もう、オーナー、そんな顔しないで」

 恵子が言うと、ハルは少しだけ表情を緩めた。そしてひとつ溜息をついてから、はは、と笑った。

「ほんとに、ナツと城崎さんには敵わないよ」

「あたり前でしょー、私の方がお姉さんなんだから」

 お姉さん、という単語にハルは沈黙した。

「ちょっと何よ、お姉さんでしょ? 『はい』は? オーナー?」

「お姉さんって……ははは」

 ハルは恵子に従わず、そのまま笑い続ける。

 もちろん恵子が許すはずはなく、ハルを捕まえて叩いていたけれど──。

「痛い、痛いよ城崎さん」

「もう、お店でもいつもそうやって笑っててよね」

 ハルが逃げて夏紀の隣に座るのを見てから、恵子はハルを追いかけるのをやめた。ハルは普段あまり表情を崩さないけれど、夏紀と二人の時は別人みたいだと聞いたことがあった。

「本当に、オーナーを変えたのは夏紀ちゃんだもんね」

「ナツには──感謝しかないよ。給料出さない分、出来ることはしようと思ってる」

 ハルは夏紀の左手を見つめて、徹二に「出来た?」と聞いた。

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