3-7
いつものように開店準備をしながら、小池徹二はぼんやりと窓の外を見ていた。それは城崎恵子も同じで、接客をしながらもなんとなく気分が乗らない日々を過ごしていた。
夏紀がピアノを辞めて数ヶ月が経ち、本当に店の売り上げは少し落ちてしまった。夏紀が来る以前から通っている客ももちろんいるが、夏紀が来てからのほうが店は軌道に乗っていた。
「今日も来ないんですかね、夏紀さんたち……」
「そうねぇ。オーナーがあんなんだから……さやかちゃんは、時々見かけるんだけどね。夏紀ちゃんは元気らしいけど……」
二人同時にため息をつきながら、夏紀の来店を諦めて店の奥に入ろうとしたときだった。開店準備中という札を掛けていたにもかかわらず、ドアが開く音が聞こえた。
「すみません、まだ準備中で──あら、いらっしゃい!」
「おはようございます。すみません、準備中に……」
「良いのよ良いのよ」
恵子は笑いながらさやかに席を勧め、奥にいた徹二に水を出すように頼んだ。水を持って出てきた徹二は、さやかの来店にもちろん喜んだ。
「それで、急にどうしたの?」
「それが私もわからないんです。夏紀から連絡があって、ここで待っててって……」
「夏紀さんも来るんですかっ?」
さやかが来たこと以上に喜んだ徹二は、料理の準備を張り切って進めた。もちろん、食事の時間とは離れているし、夏紀が何を頼むのかもわからない。
「徹ちゃんって、まだ夏紀のこと好きだったんですね」
「うーん……どうなのかな。彼女にふられちゃったらしいのよ」
「あら……。そうなんだ」
だから余計に嬉しいのかもね、と言いながら、恵子は徹二を手伝いに行った。まだ来客はほとんどない時間なので、店内は静かだ。
夏紀がやってきたのは、それから間もなくのことだった。
「ごめん、遅くなって……」
「夏紀ちゃーん! おかえり!」
カウンターの奥から恵子が出てきて夏紀を歓迎する。徹二も既に準備を終えていて、恵子の少し後ろで再会を喜んでいる。
夏紀が席に着くのを待って、徹二は夏紀にドリンクを出した。
「秋限定商品です。おススメです。柿です」
「これ、シェイク?」
「……みたいなものです。まだ試作なんですけど……」
前にオーナーが来て作ってたんです、でも詳しいレシピは教えてくれなかったので記憶を頼りに作りました、という徹二の言葉を聞きながら、夏紀はそのジュースを飲んだ。柿の味が生かされて、ミルクに負けていない。
夏紀が何も言わずにいるのをハルの名前に引っかかったと思ったのか、恵子は徹二に注意しようとした。
「あっ、違うんです、ただ美味しかったから味わってただけで……」
夏紀はコップをテーブルに置いて、慌てて恵子を制した。
「こないだハルさんに会って、頼まれたんです。戻ってきてほしいって」
「え? 本当に? 戻って来るの? 夏紀ちゃん」
「でも、オーナー、夏紀さんに冷たいこと言ってましたよね?」
三人の質問を浴びながら、夏紀はとりあえず『ハレノヒカフェでのピアノを再開する』ことを伝えた。ハルとの関係のことは、まだ秘密だ。
「あと、偶然なんだけど、ハルさんの本名もわかりました」
夏紀がそう言うと、ますます三人からの質問が増えてしまったけれど。
木下晴仁という名前も、まだ夏紀の心に仕舞っておく。
そんな光景を陰から見ていた晴仁は、短く笑ってからそっと店をあとにした。
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