第四十七話 心に剣を

 シエルの考えを伺いたいところだが、フィンギーさんがそれを許してくれない。


「次行くぞ!」

「くっ……!」


 下段後方に刃を向け、不敵に笑う。エレーナは再び六角柱を作り出し、それをミルルさんが内側から氷の膜を作り、覆う。防御力を上げた僕は皆の前に立ち、どうにかこうにか防ごうと剣を構える。

シエルは最後尾で周囲の瘴気を吸収し、魔素に変換している。


「《勇者戦術ブレイブアーツ 弐ノ断"炎陽"》」


 カカン、と響いた二度の剣撃。それは炎を纏い、僕の目の前の氷石柱が山型に溶断し、上部が吹き飛ぶ。常識を逸した一撃……いや、二撃か? 勇者という人間の強さに上限はないのか……。


「《墓守戦術グレイブアーツ 一葬"骨喰み"》!」


 レヴィアタンに魔力を乗せ、水属性の切っ先で高熱の石柱を吹き飛ばす。炎石弾となった石柱をフィンギーさんにぶつけるが、剣で往なされる。


 だがそれは本命ではない。《骨喰み》の勢いと共に飛び出した僕はフィンギーさんに肉薄する。


「構えから始まる《勇者戦術ブレイブアーツ》の弱点に気付いたか!」

「教えてくれたっていいじゃないですか!」

「これも修行だ!」


 振り下ろされる剣を右のレヴィアタンで流し、左のインサナティーを喉へと突き込む。だが紙一重で躱したフィンギーさんの振り上げを慌てて両の剣で防ぐが、勢いよく吹き飛ばされる。


「くっ……!」


 フィンギーさんから目を離さないよう意識しながら空中で体を捻り、なんとか着地する。


「まずっ……」

「《勇者戦術ブレイブアーツ 壱ノ断"斜陽"》」


 《神眼”鑑定リアリゼーション”》に極限まで意識を集中する。それでもフィンギーさんの動きを見切れたのはギリギリだった。


 逸らした体をすれすれに飛んだ斬撃が玉座の間の壁を切り裂く。


「よく躱した!」

「……いってぇぇえ!!」


 躱せてなかった。斜陽の斬撃が掠った腕の肉が削げ、びちゃびちゃと大量の血が流れ落ちる。


 力が入らない。剣が握れず、レヴィアタンが音を立てて床に落ちる。


「ナナヲ!」

「ナナヲ様!」


 僕とフィンギーさんの間に炎の壁が発生する。そして僕の体は木の蔓で巻き取られ、グッと引っ張られる。反動による激痛に顔を顰めつつ状況を確認すると、ミルルさんの木剣が伸びて僕の体を引っ張っていた。ミルルさんの足元に寝かされ、すぐに腕を癒しの魔法が覆う。中々痛みは引かなかった血はすぐに止まった。ぐずぐずと煮立つような肌の感触に嫌悪感が止まらない。


「すぐに治します……!」

「すみません……っ」


 魔法を維持しながら取り出したポーションも直接掛けていく。エレーナは魔法を乱発してフィンギーさんが構えないように牽制していた。


 二重の回復のお陰ですぐに傷は塞がった。だが鎧は削げ、腕が丸出しだ。筋力上昇ハーデス・ハントの出力を上げ、中途半端にぶら下がった腕部分の鎧を千切る。あった方が邪魔だ。


「くっそー、強いな……!」

「流石に勇者相手は、厳しいです」

「なんとか場を繋ぎます。ミルルさんはサポートを!」

「はい……!」


 落としてしまったレヴィアタンの代わりに無形剣ブラヴァドを抜く。体内を巡る魔力のリソースをブラヴァドに割き、片手剣程の長さに伸ばす。更に形状を変化させ、片刃の剣に変形させる。最近会得した使い方だ。


「ありがとうエレーナ!」

「っ、これくらい余裕よ!」


 試験管型の魔力を回復させるポーションを咥えながら吠える。男前だな……。魔法もフィンギーさんに叱咤されたからか、本領発揮と言わんばかりの得意の連続魔法で翻弄している。流石は魔導士だ。


 その魔法を縫うように駆け抜け、正面からフィンギーさんに仕掛ける振りをして《骨喰み》で加速し、背後へ回り込み、追加の《骨喰み》でブラヴァドを突き込む。背中から串刺しにしたフィンギーさんをエレーナの魔法が襲う。


「ナナヲ、そのまま聞け」

「えっ?」

「もうすぐシエルさんが俺を乗っ取る」

「ッ!?」


 そうか、シエルはハッキングをしていたのか。フィンギーさん相手によそ見をする暇がなくて確認できなかった。


「その後、お前の地下墓地のように喰い合いが始まる。カテドラルとだ」

「……やっぱりそうですか」


 予想はしていた。カタコンベとカテドラルもまた、お互いに喰い合うダンジョンだろうとは思っていた。


「ハッキングが終わったらすぐに俺の心臓を取り出してシエルさんに渡せ。力になるはずだから」

「……分かりました」

「よし。……体が反撃するぞ、離れろ!」


 ブラヴァドを引き抜き、後方に下がる。


「《勇者戦術ブレイブアーツ 終ノ断"落……やるねぇ」


 構えが中途半端な位置で止まる。


「ナナヲ様!」


 弾かれたように走る。構えたブラヴァドの切っ先をフィンギーさんの心臓に向ける。


 一瞬、フィンギーさんと視線が合った。


「乱暴して、悪かったな」

「……ッ!!」


 悲し気に笑うかつての勇者。その心臓を貫いた僕の頬を涙が濡らす。震える手がゆっくりと剣を鞘に仕舞う。其処で力尽きたのか、フィンギーさんの手から剣が落ちた。僕は剣を抜き、跡の裂け目にゆっくりと手を差し込む。硬い感触がし、引き抜いた心臓は淡く赤い光を放つ六角柱の水晶だった。


「みんなによろしく」

「フィンギーさん!」


 それだけ言い残したフィンギーさんが塵となって消えていく。その場に残ったのは迷宮核とフィンギーさんの使っていた剣だけだった。



  □   □   □   □



 戦い終えた僕達は辺りの惨状から、崩落の危険もあると考えてシエルの部屋へと場所を移動した。

 落としたレヴィアタンとフィンギーさんの剣、心臓を持った僕の手は血の気が引いたように冷たい。


「大丈夫? ナナヲ様……」

「うん、僕は平気。それよりもエレーナとミルルさんを……」


 僕よりもずっとパーティーを組んでた2人の方が心配だ。頷いたシエルが2人の方に向かい、ケアしているのを眺め、視線を手元に落とした。


 『星天剣 アグレフィエル』と表示されたそれはフィンギーさんが使っていた剣だ。華美な装飾もなく、銀一色の剣だ。剣を抜いたみたら折れていたはずの刃は見事に復元されていた。フィンギーさん……ノーライフキングのドロップ品ということだろう。


 身に付けていた鎧などはそのまま消えてしまったが、剣だけが残った。きっとこれはフィンギーさんが最後の力を振り絞って遺してくれた”心”だ。”力”はこの後シエルへと譲渡されるだろう。


 2人はまだ落ち着かないようだが……。


「私は大丈夫だから先輩は迷宮核を……」

「私も、大丈夫です」


 ……2人がこんなに頑張ってるのに、僕がこうしてる場合じゃないか。


「外は僕が見張ってるから、2人は休んで。シエルは……」

「迷宮核だね」

「うん。フィンギーさんが言ってた。カタコンベもまた、カテドラルと喰い合うダンジョンだって」

「だと思ったよ。まぁ、これ程までに肥大したダンジョンの核を吸収出来れば、地下墓地分も含めて私が一歩リードってところかな」


 手渡した迷宮核が妖しく光る。


「じゃあちょっと取り込んでくるね」


 そのままシエルはエレーナが着替えた部屋へと移動する。僕は部屋の外へと移動した。風景は先程とは変わらず、ボロボロだ。色々と遮断しているのか、シエルの部屋からは何の音もしない。ただただ無音の空間が耳に突き刺さった。


 ダンジョンで死んだ人間の行き着く先を見たような気がした。それはとても言葉では表せるようなものじゃなかった。それでも無理矢理捻り出すとしたら……。


「……虚無感、かなぁ」


 きっと、もう少ししたらその虚無を埋め尽くす悲しみがやってくるだろう。


 その悲しみに耐える為、僕は星天剣を抱き、ドアを背に腰を下ろすのだった。

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