第三十話 マニュアル式魔法
ぼんやりと光る壁が照らす地面を踏み締め、剣を振るう。一太刀ごとに目の前に立つスケルトンがバラバラと崩れていく。瘴気によって生まれた命が消え、呆気なく崩れた骨は積み上がる前に塵となって掻き消え、邪魔にはならない。時々1本だけ骨が残る場合もあるが、それだけは踏まないように注意しながら更に剣を振った。
そうしている内に1時間程過ぎた。軽く連携してみようというのを目標にエレーナやミルルさんと組み合わせを変えて普段探索しているところを歩いてみたが、問題なくやれている。
エレーナ曰く、『あんたは人に合わせるのが上手い』とのことだ。主体性がないってことかもしれないが、此処はポジティブに捉えておこう。しかし主体性は大事だ。一応、この地下ダンジョン探索ではリーダーをやらせてもらっているのだから、ある程度の判断力は必要だ。あんまり判断が遅くては先輩方に怒られてしまう。
この地下ダンジョンをシエルと探索して分かっていることはそれ程多くはない。判明しているのは、此処が隠された階段を下る階層型のダンジョンで、判明しているだけで少なくとも4層はあるということだ。3層までは探索したのだが、4層へ下る階段の先はまだ進んだことがない。大体3層に行って帰ってで朝になってしまうので勤務時間的に難しかった。
だが今日はその縛りがない。逆に言えばずっと勤務時間ということで地獄かもしれないが、自分のペースで出来るので其処は良かった。
普段から駆除と浄化を徹底しているお陰でそれ程苦労することなく、順調に探索は進む。しかし此処はやっぱり地上のように完全浄化は出来ないらしい。ダンジョンとはそういうものなのだろう。もしかしたらダンジョンにだけ適用される仕組みがあって瘴気由来の出現ではないのかもと考えた時もあるが、蒸留聖水を撒く前と後では出現率が落ちているので、やはり瘴気はモンスターにとっては無くてはならないものなのかもしれない。
となるとそれは、シエルにも言えることで、地上に居るよりは地下に居る方が体に良いらしく、テンションも若干上がり気味だ。
「やっぱりこの杖があるだけで違うなぁ~。ナナヲ様が良いよって言ってくれたらこんなダンジョン、上から下まで全部塵芥にしちゃうんだけどなぁ」
「駄目に決まってるでしょ。亡くなられた方も大勢居るんだから、破壊禁止」
「ちぇっ……」
杖の石突で壁を小突いて抉るシエル。うーん、やっぱりちょっとストレス溜まってるなぁ。
気持ちは分からなくもない。誰だって大きな力を手に入れたら試したいものだ。しかもそれが生前の、それも全盛期に匹敵する力となれば試さずにはいられないだろう。
「私もシエル先輩の極大魔法見た~い!」
「エレーナちゃんも見たいよねぇ~?」
ここぞとばかりに媚を売るエレーナと、それを出しに使うシエル。2人揃ってジッと僕を見るが、僕は胸の前で腕をクロスする。
「残念でした」
「ちぇっ」
「チッ」
最近態度悪いなぁ。エレーナの影響か???
さて、くらだないコントをするのも此処までだ。今、僕達は4層へ続く階段を下りている。その階段に終わりが見えた。相も変わらず土色の地面が広がっていくのが薄っすらと見える。一番最初に其処へ降り立ったのは僕だった。
油断なく周囲を警戒するが、何も見当たらない。
というか、何も無かった。
「……?」
「ナナヲ様危ない!」
シエルの声に、咄嗟に横へ飛んで移動する。その直後、僕が居た場所に大きな音を立てて赤い塊が落ちてきた。今までこんな罠なんて無かったはずだが、もしかしてダンジョンには実はトラップみたいなのが沢山あったりするのだろうか。
「いや、違う……!」
ジッと注視して理解した。此奴は罠ではなく、モンスターだ。
『リビングデッド・アーマー・フレア 満ちた瘴気で動く鎧 火属性』
《神眼”鑑定(リアリゼーション)”》が教えてくれたそれは今まで見たことがない敵だった。しかし名前と見た目からしてその正体はすぐに理解出来た。瘴気を原動力に動く空っぽの鎧 with 火属性。
「ナナヲ!」
「《イグニッション・アクセル》!」
火属性のバフ魔法によって身体能力が上がり、急発進・急制動が可能となる。一気に距離を離して攻撃を回避し、急停止。更に急発進で距離を詰めての一撃、からの離脱。超高速によるヒットアンドアウェイ。更に武器を腐毒剣インサナティーに変えれば腐毒状態によるスリップダメージも追加で与えることが出来る。
この魔法を使ったのは僕だ。無形剣ブラヴァドを使った時は爪楊枝程度の刃しか出なかった僕が何故、こうして魔法を使えるようになったかというと、その原因はシエルの自信作『滅杖・天堕とし』が原因だ。
エルダーリッチー戦での最終局面、僕は天堕としを使い無限の魔力の一端を身体に通した。結果、果てしなく伸びたブラヴァドの刃はエルダーリッチーに致命傷を与えたが、僕自身は歩けなくなる程の眩暈と頭痛に襲われた。
その後、後遺症は無く、代わりに魔力を扱う技術が身に着いた。
シエル曰く『血管が剥き出しの状態』だそうだ。僕自身、異界人ということもあって自身が持つ魔力というのは無いに等しい。だが天堕としを伝って外部から魔力を通す回路を身体に開けてしまった結果、外からの魔力の吸収が可能になった。
本来、シエルやエレーナのような魔法使いは自身の体内に蓄積される魔力を利用して魔法を行使する。だが僕は外部からの魔力で魔法を行使する。結果的には一緒ではあるが、過程が違うので多少なりとも差は出てくる。
その結果が攻撃魔法の使用不可だった。取り入れた魔力を魔法に変換し、放つ魔法を僕は使えなかった。魔法に変える前に体から抜けてしまう所為だ。では何故《イグニッション・アクセル》なるバフ魔法は使えるのかというと、答えは『使い続けている』だ。
体に取り入れた魔力を変換するのではなく、通し続ける。その僅かな過程で徐々に魔法を構築し、質を上げていく。それはさながら、MT車のようだ。1速、2速と上げていくように、魔法を確かなものとして造り上げ、発現させる。人より時間は掛かるものの、造り上げてしまえば後は魔力を通し続けることで更に純度の高いものへ昇華させることが出来る。
シエルは突貫工事の付け焼刃と言ったが、僕は地道に研鑽を積んでいた。
「ハァッ!」
3速まで上げた速度からの突きはリビングデッド・アーマーを貫通する。その瞬間、鎧の節々から黒い瘴気を噴出させ、鎧は糸が切れたようにガラガラと崩れた。
「よし」
「へぇ……結構やるようになったわね」
「ミルルさんに教えてもらった付与魔法を、シエルの教えで練習したからね」
「流石です、ナナヲ様」
「私とミルルちゃんがついてるんだもの。変わったやり方でも使えるようになるのは当然だよねぇ」
短剣を鞘に仕舞い、塵となりつつあるリビングデッド・アーマー・フレアを見る。今までに見た事のないタイプのモンスターだった。これからもああいった種類のモンスターも増えてくるだろう。今まで以上に気合いを入れていかないと。
塵となり、消えていったリビングデッド・アーマー・フレアは一つの籠手を置いていった。
『竜火の籠手 火属性の刻印が打たれた黒鉄の籠手』
その籠手は今、僕の両手を覆っている。
「使い心地はどう?」
「うーん、重いかな」
「鉄製だしねぇ」
物珍しそうに覗くシエルに答えながら外す。サイズは良いが重いので攻撃の際に若干振られる感覚があった。若干でもその感覚はストレスだったし、蓄積すれば疲労に繋がる。外した籠手は持ってきた鞄に詰めた。これがいっぱいになる事はあまり無いだろうけれど、いっぱいになったら帰ることにしよう。
突然の襲撃に驚きはしたものの、戦闘自体はそれ程の苦も無く片付けることが出来た。これも日々の仕事で培われた経験のお陰だ。我ながらよくやれてるものだ。教わった魔法も自分が思った通りに使えている。残念ながら自身へのバフ魔法しか使えないが、それくらいの制限があっても僕自身が魔法を使えるようになったのはシンプルに嬉しかった。
うん、確実に僕は強くなっている。
「先へ行こう」
それを沢山実感したくて、僕は居ても立っても居られずまだまだ広がるダンジョンの奥を見つめ続けた。
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