第六話 七緒、再就職

 二人と別れた僕は早速扉を開いて中へと進む。意外にも中は広く、落ち着いた雰囲気で見た感じは悪くない。とりあえず目の前の受付の男性に声を掛けた。


「すみません、仕事を探してるのですが」

「墓守志望かい? いいぞ、仕事は山程あるからな。いつだって人員は募集中だ」


 よしよし、脳裏に合った『現在は募集してません』の言葉が出てこなかったので胸を撫で下ろした。


「じゃあ早速名簿登録しとこうか。おっとその前に……犯罪は犯してないよな?」

「勿論、平和な一般市民です」

「まぁ誰でもそう言うよな。でも一応な」


 ゴトン、と大きな水晶が置かれる。何だろうと首を傾げていると受付さんに手を掴まれて水晶の上に置かれた。


「これな、大まかだけど悪い事してる人が触ると赤色に光るんだよ。まぁ本人が悪事働いてる自覚ないと赤くならないから笊ではあるんだけどな」

「へ、へぇ~……」


 いきなりとんでもない物に触らせてくるじゃないか……一発退場(人生)もあり得るだろこんなん。まぁ僕は清廉潔白な人間なので赤色に光ることはないんですけどね。


「よし、大丈夫そうだな。じゃあ名前と年齢だけ書いてくれればいいよ」

「分かりました」


 此処でも名前だ。本名は『伊佐埼 七緒』だが、漢字を書いていいものか分からない。先程名乗った時は意識的にカタカナ表記にしていたが、此処ではどうだろう。


「ナナヲか。お、22歳。同い年か。若く見えるな。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 どうやら問題なかったらしい。受付の人のバレないよう、ポーカーフェイスで再び胸を撫で下ろした。


「そうだな……確か第770番墓地の管理人の爺さんがそろそろ引退したいって言ってたっけ。そうだな、爺さんと交代する予定組みながら研修訓練と業務内容の説明入れて……1ヶ月ってところだな」


 と、安堵するのも束の間、どんどん今後の予定が組み上がっていく。なんだって? 第770番墓地? 研修訓練?


「……よし、こんなもんか。じゃあ軽く説明するぞ」

「よ、よろしくお願いします」


 受付の人(説明前にアルベールと名乗られた)の説明によると、墓守というのは戦闘職とのことだ。戦う相手は主にアンデッド。常識のように語られたが、人は生まれながらに魔力を持ち、死んだ後はそれらが変質し、瘴気となり、やがてモンスターとなって具現化するそうだ。その土地その土地によって種類は変わってくるらしく、此処、グラスタは墓の街と呼ばれるくらいなのでアンデッドが主流なのだとか。


 嘘だろ……見回りだけじゃないのか!?


「アンデッドは日に弱い。だから昼間は現れないんだが、日が暮れると奴等、待ってましたと言わんばかりに出てくるんだ。それを駆除するのが墓守の仕事ってことな」

「なるほど」

「勿論、駆除するにはそれなりの戦闘が必要だ。いきなりスケルトン相手に立ち向かえってのも無茶な話だしな。其処でこの墓守協会では新人研修として《墓守戦術(グレイブアーツ)》の習得が必須となってる」

「グレイブアーツ……」

「対アンデッド用戦闘技術ってところだな。それを1ヶ月で会得してもらう。それ以降は戦いながら学んでくれ」


 現場主義的なアレなのかな。そういうバイトは今までも経験あるから、研修期間を設けてくれるだけでも有難い話ではあるが。


「質問は?」

「住む所ないんですけど、協会で用意してもらえるんですか?」

「あぁ、その辺は大丈夫。研修中は協会寮に住んでもらう。研修後は墓地管理小屋に住み込みって感じかな。小屋って名称だけど立派な一軒家だ。貸家だから大事に使ってくれよ?」

「それって家賃取られます?」

「毎月の給料からの天引き。ま、大した額じゃないから。この仕事、アンデッド相手の戦闘仕事だから収入でかいし金には困らんぞ」


 そういうことか……それならまぁ、安心出来るかな。


「墓守協会つってるけど、俺等みたいな協会勤務は現場での指示が出来ないから実際に現場に居る人間が増えるのは有難いんだ」

「なるほど」

「ま、これからよろしくな。じゃあそろそろ寮の方に行こうか。荷物は?」

「身一つです」

「よし。じゃあついてこい、ナナヲ!」


 立ち上がったアルベールさんの後についていく。いやぁ、履歴書も無しにこんなに簡単に仕事が見つかるとは、実に運が良い。


 僕はワクワクしながら今後の事に思いを馳せていた。




 ……が、それは間違いだったと気付くのは1ヶ月半後。研修を終え、慣れない剣に慣れ始めてきた頃、第770番墓地で働き始めて半月後、僕は取り返しのつかない選択をした事に気付いたのだった。

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