暇だから猫の手も借りたいな
高見南純平
猫と木
ここは奴隷小屋。小屋というよりは囚人が入るような牢屋と言ったほうがいいか。
全く掃除がされておらず、鉄格子の錆が酷くかなり汚れている。
簡易的なトイレがあるだけで、奴隷の入る部屋は荒んでいた。
そんな奴隷部屋には、2人の奴隷が収監されている。どちらも小柄で、まだ幼き子供だ。
両腕に硬い手錠をかけられていて、逃げることは出来ない。
「お腹すいたニャ」
奴隷の1人が呟く。10歳ぐらいの女の子で、頭から獣耳が飛び出ている。顔は人間に近しいが、頬から細長い髭が生えてたりと、猫の雰囲気を感じられる。
彼女は、
が、今はその力を発揮することは出来ない。
かなり痩せ襲っており、ボロボロの麻服を着せられている。
「チャミ、さっき食べてたよ」
猫人の名前はチャミングだ。彼女の横にいた男の子が、食事はさっき終えたことを伝える。
「足りニャいのだ。トッドはいいニャ〜。食べニャくてもいいんだから」
チャミングは隣にいる少年を羨ましそうに見る。
彼も同じような服を着ているが、彼女とは性別、種族が全く違うので、外観はかなり異なっている。
少年の名前はトッドーリ。彼の肌、というか体はほとんど植物と同じだ。それも草や花ではなく、樹木と酷似している。
だが、人間の形をして息をして生きている。髪も生えており、木彫りの人形にも思える。
彼はキノピオ族と呼ばれるかなり珍しい種族だった。
キノピオ族は、人間のように食事を取らずに生きていくことが可能だ。太陽光と水分さえあれば。
そのため、この奴隷部屋にはある工夫がされている。
ここは地下に作られているのだが、普通であれば光は差し込まない。
なので、トッドーリ用にこの部屋には、天上から光が入るように丸い穴がつけられている。
もともとは他の奴隷部屋と一緒だったが、希少種族を死なすわけにはいけないので、奴隷商人たちがわざわざ小さなリフォームをしたのだ。
それだけ彼に価値はあるということだ。チャミングも同じだが、奴隷ということは誰かに売り出すということだ。
奴隷はこの国では認可されていない。なので、金持ちが密かに、奴隷市場で買うことが多くなっている。
彼らはもともとは別の場所で生活していたが、わけあって裏社会の人間に捕まって、こうして奴隷として捕まっている。
「美味しい水飲ませてくれないから、こう見えて辛いんだよ!」
自分がこの状況でも大した被害をこうむっていないと思われた、と解釈したトッドーリは反論する。
「そっか」
チャミングは一言そう言って黙り込んでしまった。
「……チャミ、元気ないね」
すぐに反論モードをやめて心配モードに移行するトッドーリ。
「当たり前ニャのだ」
「そりゃそうか。ずっとこんなとこにいたらおかしくなっちゃうか」
奴隷の気持ちは奴隷が一番分かるというものだ。トッドーリとチャミングはほぼ同じタイミングで捕まって、ほぼ同じ期間をここで過ごしている。
ずっと2人で同部屋だ。
「ねぇ、チャミ。チャミはどうしてここに来たの?」
「今、それ聞くの? 空気読んでほしいニャ」
トッドーリの質問は、ずっと彼が聞けないでいたことだった。
彼らは赤の他人。名前だけ伝えあっただけの仲だ。
ずっと気にはなっていたことを、何故か彼女が弱っているタイミングで聞き始めた。
「ご、ごめん。でも、何か話したほうが紛れるかなって。
辛いなら、いいよ。話さなくて」
どうやら気遣いでこんなことを聞いたらしい。
理由を知ったチャミングは、軽くため息をつく。
「はぁ、変なやつだニャ。……、1人で森を歩いてたら、いっぱいの真っ黒な大人に捕まったの」
真っ黒な大人というのは、彼女を捕獲した人間たちの服装が黒かったからだ。闇に紛れるためにそのような格好で獲物を狙っていたのだ。
「同じだよ! ぼくも1人で歩いてたら、突然襲われたんだ。
あの時はびっくりしたよ」
2人はほとんど同じ形で捕まり、ここに連れ込まれたようだ。
「……ねぇ、トッド。なんで1人で歩いてたの?」
今度はチャミングから質問が返ってくる。
「っえ、それは……」
トッドーリはすぐに答えることが出来なかった。
「親と、はニャればニャれだったから?」
代わりにチャミングが答えを提示してきた。質問してきたのは彼女だが、トッドーリの真実に彼女は気がついていた。
「……そうだよ。ぼくは村を追い出されたんだ。だから、誰も助けにこないんだ」
「追い出されたのって、鼻が伸びるから?」
暗い顔になるトッドーリをよそに、チャミングは彼の生い立ちを追求していく。
「え、ち、違うよ。関係ないよ! って、あ」
慌てて答えるトッドーリだったが、その後すぐに彼の鼻が伸び始める。
「やっぱりニャ。そうだと思った。それが気味悪がられたんだ」
グサグサと彼を傷つけるような口調で喋るチャミング。たぶん、悪気はない。
「もう、そのとおりだよ。これって【
親もね」
悲痛な思いを、赤の他人であるチャミングに話していく。自分でも、なんでこんなにすらすらと話せるのかよく分かっていない様子だった。
「ふ〜ん。そうニャんだ」
話が一段落したと思ったようで、チャミングは興味を失っていた。
「ちょっとそっちから聞いてきたくせに!
今度はそっちが教えてよ!」
その態度にトッドーリは少しだけ腹を立てる。聞き逃げされて嫌な気分になったようだ。
「チャミのパパとママはモンスターに食べらたよ」
「……っえ、」
言葉が出てこなくなる。
淡々とチャミングが言うので、余計に意表を突かれてトッドーリは喋れなかった。
「みんニャで冒険者として旅をしてたんだ。けど、食べられちゃった。
そこから1人ぼっち」
チャミングは遠くを見つめだす。その目は、どこか寂しそうだった。
「そうだったんだ。冒険者だなんて、凄いね」
冒険者は野生のモンスターなどを討伐することで生活している者たちのことだ。その他にも旅をして、人々の悩みを解決していたりする。
「そうニャのだ。2人は凄かったニャ。でも、死ぬのはしょうがニャいのだ」
「そっか。じゃあ、ぼくたちどっちも1人ぼっちか」
その言葉を最後に、2人はしばらく黙り込んでしまった。
牢屋にいると、何もなさすぎて時間が立つのが遅く感じる。
空鏡な時間が、ただ過ぎるだけだ。
だけど、誰かと話せば少しは気が紛れるものだ。
「そうだ!」
何かを思い出したようにトッドーリは声を出す。すぐに周囲に変に思われないか、見渡す。
この場所には他にも奴隷部屋がある。それを監視する門番もいる。
が、手錠をされていて抜け出そうにも抜け出せないので、少しぐらいの会話ぐらいだったら自由に出来た。
「どうしたの?」
「今日から、2人ぼっちになろうよ!」
「もうニャってるじゃん。ここには2人しかいニャいし」
トッドーリの突飛な提案を軽く受け流す。
「そうなんだけど、もっと一緒にいる感じを出そうってことだよ」
「ん? 意味が分からニャいニャ」
突然何を言い出したのかと思っているようで、首を傾げるチャミング。
「ほら、手を出してよ」
そう言ってトッドーリは、手錠で繋がれた腕を彼女に向ける。
彼の右手の甲には、青く光る紋章が刻み込まれている。
これはトッドーリだけではなく、チャミングもそうだ。ほとんどの生物にこの紋章があると言われている。
不思議な力を持った紋章だ。
「これをどうするの?」
「冒険者ってさ、パーティー契約?ってのをするんじゃないの?
村の人たちがやってるの、見たことあるんだ」
パーティー契約というのは、生物同士が様々な情報を共有することの出来る紋章の力の1つだ。
契約を結んだ者たちは、一般的にパーティーとして扱われて、一蓮托生の存在となる。
「チャミたちでパーティーを組むの?」
「うーん、パーティーっていうかさ、家族になろうよ。
お互い1人ぼっちならさ、問題ないでしょ?」
「チャミでいいの?」
サクサクとトッドーリが話を進めるので少しだけ不安に感じたのかもしれない。
「チャミがいいんだよ。ほら、喋り相手になってくれてるしさ。兄弟、欲しかったんだ」
屈託のない笑顔を見せながら、トッドーリは即答した。
彼が村にいた頃よりも、トッドーリは誰かと話していた。
それが例え奴隷だったてしても、彼にとってはかけがえのない時間だ。
「ふーん。じゃあチャミがお姉ちゃんニャ」
「えー、そういうのは決めなくていいと思うよ。ぼくたちは家族。ただ、それだけ」
2人の年齢はさほど変わらない。だからか、チャミングを姉としても妹てしても扱う気は湧いてこなかったようだ。
「いいニャ、それ。トッドとチャミは家族、それだけ」
「うん! じゃあ、契約しようよ」
「分かった」
2人は話を終えると、お互いの紋章を向き合わせる。
2人は家族になった。
でも、奴隷から開放されたわけじゃない。
けど、彼らは失うどころか大切な存在を手に入れた。
彼らの明日はどこへ向かうか。
それはまた、別のお話。
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