第13話 京都にあなたと3
水曜日の放課後、咲ちゃんと一緒に
天王寺は大学からだと電車で三、四十分、終点まで乗っていく。価格が安くて最新トレンドを押さえた服屋さんが駅前のショッピングセンターに集中していて、徒歩十五分圏内で行き来できて、到着した夕方六時から大体のお店が閉店する夜九時までの少ない時間でも巡りやすい。
「初デートだから絶対ワンピースが着たいんだよ!」
わたしの中でワンピースは、勝負服。今日は絶対頑張るという気合をいれる意味で着ることが多い。一枚でメインコーデが決まるからだ。あとは寝坊した時だけど……。昔から決めていた、初めてデートに行く時にはワンピースを着るって。
「いいじゃん。どんなのを考えてんの?」
「君彦くんの横に立っても恥ずかしくない、大人な雰囲気の女性が着るようなのにしようと思ってる」
と息こんで天王寺に到着したけれど、
「あ~! かわいい~!」
レースがたくさん使われているものや、リボンがあしらわれているかわいらしいデザインばかり目がいってしまう。
「無理せず真綾の好きな服着たらいいとも思うけど、人生で初のデートだもんなぁ。気合いいれてぇよな」
「咲ちゃん、ごめんね。何店舗も連れまわしちゃって」
「ゆっくり選べばいいよ」
また違うお店に入る。二十代・三十代の女性に人気なブランドのお店だ。咲ちゃんは入ってすぐのハンガーラックにかかっていた一着のワンピースを手に取ると、わたしに言った。
「このベロアのワンピースどうだ?」
第一印象は真っ黒かな? と思ったけど、よく見ると、濃く深い紫色をしている。丸襟でその淵には同じ布で小さくフリルがつけられている。
「個人的に秋だとベロアとかコーデュロイ素材のものを思い浮かべるんだよな。コーデュロイはアクティブでカジュアルなイメージがあるから、神楽小路と一緒なら、上品な感じがするベロアかなぁって」
「すごい! 店員さんみたい!」
「ま、ファッション雑誌の受け売りだ」
そう言うと、鏡の前まで移動して、わたしの体にワンピースを当てる。咲ちゃんが持っている状態だと膝が隠れていたけど、十センチ身長が高いわたしだと膝上になる。でも、短すぎず、ちょうどよさげ。
「真綾は肌白いし、今、髪の毛染めてて茶髪だろ。服が暗めの色でも重くなりすぎず似合ってきれいだと思うんだよ。だから浴衣の時も藍色をチョイスしたし。デートにしては色が暗いかもしれないけど、ベロアって光に当たると、なんていうか怪しく光るというか……どことなくセクシーって思わね?」
「ちょっとその感覚わかるかも」
「そんでもってベロアと言ったらこの独特の手触りが最高じゃん。神楽小路が触れてきた時のこと考えてもさぁ……」
「触れて……!?」
「おや~? 真綾チャン、何考えてんのかな~?」
「いや、えっと……」
にやにやと笑いながら訊いてくる咲ちゃんにたじろいでしまう。
「ワタシはハグのこと指してたんだが、真綾はそれ以上のことを想定したかぁ~」
「ま、まだキスもしてないのにそんなことまで……! うぅ、でも、ちょっと……考えたかもしれないけど……」
「待て待て。キス、まだなのか……?」
「へ? そうだよ? まだしてない」
正直に答えると、咲ちゃんは頭を抱え始めた。
「お前ら一か月何してたんだ……!? ウブすぎる! いや、オマエららしくてそれはそれでいいとは思うけど。そんなの少女漫画の中の話だって思って……! 真綾、絶対初デートいいものにしような!」
「う、うん!」
わたしはあのワンピースと、それに合わせる細いゴムベルトを買った。ベルトでウエストマークするだけでアクセントになる。コルセットのような太いベルトもインパクトがあっていいけど、歩いたり食べたりしたら苦しくなるかなと思って、柔らかいゴム製のものにした。バックルには、金色のお花がついている。こないだ君彦くんからプレゼントでもらった、お花のバレッタとも相性が良さそう。靴は家にある編み上げのブーツを合わせようと思う。
「服探し手伝ってくれてありがとうね」
「いいよ、これくらい」
「真綾が喜んでくれたならワタシも嬉しいぞ」
「あ、もう七時半だね……。ご飯どっかで食べていかない?」
「おう。行こうぜ」
「駿河くんに連絡しないでいいの?」
「総一郎には真綾と買い物行く話はしたら『じゃあ、ご飯は要らないですよね』って。なに食べる?」
「前は、ラーメン食べたもんね」
「そうだなぁ。あ、こないだ、総一郎と行くか悩んで行かなかったカフェでもいいか?」
「いいよ~!」
「ご飯みそ汁付きの定食もあれば、パスタもピザもあるって書いてあって」
「選ぶの楽しそう!」
さっそくお店に入る。わたしは大きなハンバーグと目玉焼きがのったロコモコ、咲ちゃんはからあげにとろろ丼がついている定食にした。
「おいしい!」
「オシャレなのに、味も量もしっかりしてるよな」
「メニューもたくさんあったし、良いお店を知れたよ。ありがとう」
いつか君彦くんとも来れたらいいな。彼はいったい何を選ぶだろう。
咲ちゃんと食事をしながら、最近読んだ本のこと、書いている途中の小説のこと、お互いの恋人について話す。
高校生まではおこづかいも少なくて、友達とご飯となるとファストフード店でバーガーとドリンクだったなぁ。本や服、コスメいろいろ欲しいものがあって、おこづかいが少ない時はドリンクのSサイズだけで何時間も粘ったり。千円を超えるものを食べるだけでもかなりハードルが高かった。今も値段はやっぱり気にするけど、選べる範囲が広がったところが「大学生になったなぁ」と感じる。
「こんなこと訊くのも変なんだけどさ」
「どうしたの?」
デザートが届いて、スマホで写真を撮っていると、
「今日服探しに行く相手、ワタシで良かったのか?」
咲ちゃんはコーヒーゼリーの上に乗ったアイスをスプーンでつつきながら言う。
「真綾は友達たくさんいるだろう? 地元にも、学校の友達も。その中からワタシでいいのかって。服の趣味も違うし、わたしは派手な色好きだけど、真綾は淡い色が好きだし。せっかく仲良くしてくれてるのに、こんなこと訊くのもホント失礼だけど。不安になることがあるんだよ」
視線を落とし、声にさっきの元気はない。わたしはお水を飲みほしてから、
「咲ちゃんって強そうなイメージあるけど、わたしよりも繊細で可憐だよね」
「ふぁっ!?」
咲ちゃんは勢いよく私の方を見る。
「四月の新歓の時に酔っ払った先輩から助けてくれたでしょ? 話したこともない、ただの同級生のわたしを守ってくれてカッコイイなって思った。こんなことできる女の子はきっと他にはいないってすごく同性として惚れちゃったよ。でもね、付き合っていく中で咲ちゃんは本当に人見知りで、恥ずかしがり屋さんで。だって、同じ授業の時、わたしが他の子と話してたら遠くから見てるけど、こっちに来ないし」
「そりゃあ、会話の邪魔になるしよぉ……」
「そんなことないよ。一緒にお話しよ」
「いいのか? 真綾も真綾の友達もみんなふわふわ系のかわいらしい子たちばっかだから、ワタシみたいなのが入って……」
「みんな本も、書くことも大好きな子たちばかりだから大丈夫だよ。胸を張って紹介するよ。大切なお友達、親友だよって」
不安そうにしている咲ちゃんに笑いかける。
「わたしは咲ちゃんが一番なんでも話しやすいって思ってる。お寝坊さんで、忘れ物が多くて、でも根は真面目で正義感が強くて、傷つきやすくて心配性。そんな人間くさい咲ちゃんが大好き」
「ワタシも優しくてアクティブで、か弱そうに見えてるのに、芯があって、何事にも情熱的な真綾が好きだ。ワタシも佐野真綾は大切な友達、親友だって言わせてほしい」
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
「また遊んだり、本貸し借りしたり、一緒に小説書いていこう」
「言われなくても」
どちらからともなく笑い合う。咲ちゃんの不安が少しでも消えたならいいな。
「咲ちゃんといると、すごく安心するんだよ」
「そっかぁ~。嬉しいぜ」
「なんだか君彦くんとどこか似てる気がしてるからかな」
「に、似てねぇよ! どこが似てる!?」
「んー、うまく説明は出来ないけど、二人とも好きだよ」
「好きって言われたら、それ以上なんも言えねぇじゃん」
咲ちゃんは苦笑いしながら、でもどこか照れくさそうにグラスに刺さっているストローに口をつけた。
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