第19話 狙われたアンジェ
私がきちんと説明できればいいのだけど、あの頃のことはよく覚えていない。
嫌なことがあると自分を守るために忘れてしまうのだと医術師は言っていた。
「アンジェの母上、公爵夫人が亡くなったのはアンジェが十二歳の時だった。
それからすぐに王妃は公爵に再婚を勧めてきた。
公爵家に一人娘しかいないのは不安だとかなんとか言ってな。
だが、それは自分の言うことを聞く令嬢を公爵家に送り込んで、
アンジェを王妃の言うことを聞くように育てるのが目的だった。」
「…何のために?」
「もちろん、王妃にするためだ。
アンジェにフランツ様を選ばせて、フランツ様を王太子にするためにだよ。」
「そんな頃から執着されていたのか。」
「いや、もっと前、アンジェが生まれてからずっとだ。
だが、公爵夫人は聡明な上に強い人だったからね。
王妃の要求を断り続けていたんだ。
その夫人が亡くなったものだから、これでうまくいくと思ったんだろう。
だけど、公爵は陛下に相談して教会で再婚しない誓いをたてた。
これならもう再婚話は持ってこれないだろう?
公爵家の跡継ぎだって、困ったことになれば俺や妹がいるしな。」
「あぁ、公爵家の血がそれだけ濃ければ問題ないはずだ。」
「これでもうあきらめるかと思ったが、今度は家庭教師を送り込んできた。
公爵夫人が亡くなったから令嬢教育ができないだろうと、
王妃の教育係だったものをアンジェにつけようとしたんだ。
…これは拒否しきれなかった。
最高の教師を手配したと言われたら断る理由がない。
実際に評価の高い教師だったしな。」
…頭の中では記憶が残されているのに、
うっすらと幕が張られたその先にあるように感じる。
王妃教育の教師…黒髪を一つにまとめた…高齢の女性…名前は思い出せない。
「授業は王妃にも教えたことのあるものだから、
簡単に人に見せたりしないと言われ人払いされて行われていた。
だんだん笑わなくなっていったアンジェに気が付いた侍女のミラが、
人払いされた部屋にこっそり隠れて見ていた。
アンジェは暴言を吐かれ続け、腕は真っ赤になるほど扇子で叩かれていた。
ミラが急いで公爵を連れて部屋に戻り、その教師のしたことを明らかにした。
公爵は怒り狂ってその場で教師を辞めさせて追い出したよ。
それでもう二度と王妃の紹介は受けないと断言した。」
「そんなことがあったのか…。」
「その後のアンジェは少し精神的に不安定になってしまったのと、
うちの母上が令嬢教育することになったのもあって、
学園に入学する少し前までは侯爵家で一緒に暮らしていたんだ。
俺のことを兄様と呼ぶのは、本当の兄妹のように生活していたからだ。
まぁ、こんな感じで隙を見せたら狙われる感じでね。
きっとフランツ様が近づいたのが今年からなのは、
俺たちが学園を卒業して止めるものがいなくなったからだろう。」
「あぁ、そういうことなのか。
どうして今年になって急にあんなことをし始めたのか疑問だったんだ。」
「俺とハインツ様が卒業したのが一つめ。
今年中に王太子が決まると言われているのが二つめ。これが理由だろう。」
はぁぁとケイン兄様とゼル様がそろってため息をつく。
王太子争いに巻き込まれるのはどちらも不本意なのだろう。
私も関わりたくないとずっと思っているのに、巻き込まれてしまっている。
だからこそ、ため息をつきたくなる気持ちもわかった。
「…ここだけの話だ。と言っても、ジョーゼル様は知ってるかもしれないが。
ハインツ様が学園に入学して半年が過ぎた頃から、
王宮でのハインツ様の食事に何度か毒を盛られている。」
「えっ!そんなことが?」
「…王宮内で毒を?」
「王宮薬師がつきっきりになっているのはそのせいだ。
通常の毒見役だけでは足りないと判断された。
ずっと王宮薬師長のキュリシュ侯爵が王宮泊まりになっているだろう?」
「…それは聞いていなかった。
父上とはほとんど話さないから…って、そうか。父上じゃなかったな。
キュリシュ侯爵はもともとあまり家に帰ってこないから。
研究することが生きがいのような人なんだ。
そういうところは尊敬しているから、特に文句もなかったけど。」
「そっか…そうなるのか。第三王子ってそういうことだったな。
まぁ、そんなわけでハインツ様の命が狙われているのは、
おそらく王太子争いが関係している。
アンジェとジョーゼル様、二つの駒が使えなくなったからと言って、
王妃が素直にあきらめるようなことはないだろう。
二人も気を緩めずに警戒していて欲しい。」
「…もしかして、今日の訪問の理由はそれを伝えるために?」
「そういうことだ。
まぁ、俺とハインツ様が心配していたのも本当だ。
俺たちにとって、二人は大事な弟妹だからな。心配するだろう?」
「…ありがとうございますって、伝えてもらえないか?
その…兄上に。」
「あぁ、わかった!伝えておくよ。」
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