第10話 帰り道


馬車に乗って二人きりになったところで、

ずっと黙ったままのジョーゼル様に話しかける。

どうしてもジョーゼル様に言っておきたいことがあった。


「もっと…怒ってもいいと思いますよ?」


「え?」


「ジョーゼル様は公爵にもういいって言っていましたけど、

 もっと怒ってもいいと思うんです。

 四年もの間、拒絶され続けたのですから…。」


公爵は悪くないなんて言ってたけど、それは違うと思う。

ミリア様がジョーゼル様を拒絶していたのは公爵もわかっていた。

ならば、父親である公爵が注意してやめさせなければいけなかった。

公爵令嬢のミリア様に注意できる者はそういないのだから。


「アンジェ様は…ミリア様をかわいそうだとは言わないんだな。」


「え?」


あのミリア様のどこがかわいそうだと?

思わず顔に出ていたようで、ジョーゼル様に笑われる。


「すごい顔してる。そんな顔もできるんだ。」


「ええ?どんな顔してました?」


「あれがかわいそうって嘘でしょう?って顔。違う?」


「…違いません。思っていました。」


「ふふふ。意外と正直な人なんだな…面白かった。

 普通はさ、ああやって令嬢が取り乱して泣いたら同情するだろう?

 いくら令嬢が悪くても、もう少し優しくすればいいのにとか言われるんだ。」


「普通はそうかもしれませんが…。

 ミリア様はジョーゼル様を傷つけ続けていたことをまず反省するべきです。

 それもないままにただ泣いているのであれば…子どものわがままと一緒です。」


「そうか…あれは子どものわがままか。」


「ええ、そうです。

 あ、でも、もう少し優しく断ればいいのにという気持ちはありました。

 …ジョーゼル様と一緒です。

 ミリア様を拒絶する言葉を聞いて、私の胸が痛みました。」


「え?」


「ジョーゼル様が無理に冷たい言葉を使って傷つけているようで、

 逆にジョーゼル様が傷ついているように見えて…。

 これ以上、傷つかないでほしいと思いました。」


「そんなことを?」


「ジョーゼル様も私がフランツ様を拒絶するのを聞くのが嫌だと。

 きっと同じじゃないかって思ったんです。」


「…あぁ、そうだ。

 無理しているようで、アンジェ様が冷たい言葉を言うのを聞きたくなかった。

 同じだな…。アンジェ様、またふれてもいいか?」


「はい。」


身体をずらして斜めに座ったジョーゼル様が腕を広げるのを見て、

そのまま胸に飛び込んだ。

勢いよく飛び込んだはずなのに、簡単に受け止められて抱きしめられる。


今日、初めてふれたはずなのに、もうこんなにもしっくりくる。

さっきまで離れていられたのが嘘のようだ。


「…帰したくないな。」


「私もです。帰ったら…離れなきゃいけないんですよね。」


どうしよう。

こんなこと考えても、もう今更だけど…

ジョーゼル様の前だと公爵令嬢としての顔を作れなくなっている。

こんなはしたないことを平気で言ってしまうだなんて。


「アンジェ様、明日から学園への送り迎え、俺がしてもいいか?」


「え?」


「学園にいても同じ学年じゃないし、休み時間も合わない。

 無理をすれば会えないわけではないけれど、

 フランツ様みたいに押しかけていくのも…困らせたくない。」


「ジョーゼル様なら困ったりしませんよ?」


「うん、でも、周りが騒がしくなるだろう?

 気を遣われてしまうかもしれない。

 明日から俺も王子になってしまうわけだから。」


「あぁ、確かに…それはそうですね。」


今までは侯爵令息として自由に動けただろうけど、

明日からは第三王子になってしまう。

周りからの視線を気にしなければいけない立場になってしまう。


「だから、馬車の中だったら人に見られないし、こうしてふれることもできる。

 何より、アンジェ様に毎日会いたいんだ。

 明日の朝、迎えに来てもいいか?」


「…はい。お待ちしてます。」


そんな風に甘い声で請われたら、すべてに許可を出してしまいそう。

このまま屋敷に着いたら離れなくてはいけないけれど、

明日から毎日会えるのなら…少しは我慢できそうな気がした。


「明日からもこうやって会えるなら、

 ジョーゼル様と離れるのがさみしくても我慢できそうです…。」


「…アンジェ様…それ、反則。可愛すぎるだろう…。」


ちょっとだけ強く抱きしめられ、

赤くなってしまってるだろう顔を見せないように胸に押し付ける。

ジョーゼル様だって…素敵すぎるのにと思いながら。


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