第3話 これは確認です!


ガタゴト揺れる馬車の中で、またため息が重なっていた。


他の人には見つからないように報告に行かなければならないとあって、

馬車には侍女もつかず私とジョーゼル様だけだった。

もうすでに王宮へ先触れは出ているので、

このまま奥の馬車着き場まで誰にも会わずに行けるようになっている。


それはいいのだけど…またため息が出てしまう。


「ごめんなさい…ジョーゼル様を巻き込んでしまって。」


「いや、巻き込まれたというのは違う気がする。

 運命の相手って一人しかいないのだろう?

 そうしたら…いずれこうなっていたんじゃないかと思うから。」


「先ほども思ったのですけど、ジョーゼル様の口調はそれが素ですか?」


「ああ、悪い。

 一度素で話してしまったら、もう戻すのがめんどくさくなってしまって…。」


「いいえ。ジョーゼル様の方が年上ですし、そのままにしてください。」


「そうか…そう言ってもらえると助かる。

 あまり令嬢と話すのは慣れていないんだ。」


「…あら?ジョーゼル様、婚約者がいらっしゃいましたよね?」


「…うん、ほとんど話すことも無い婚約者だけどね。

 それはともかく、もう一度ふれてみてもいいだろうか?

 もしかしたら、さっきはアンジェ様が転びそうになっていたし、

 助けるためだったから弾かなかっただけかもしれないし。」


「あ、はい。どうぞ。」


隣に座るジョーゼル様に手を伸ばした時、ぐらっと馬車が揺れた。

そのままの状態でジョーゼル様に飛び込んでしまい、胸に抱き留められる。


「…ふれるって言ったけど、大胆だな。」


「え、いや、あの!」


「冗談だよ…せっかくだから少しだけこの状態でいい?

 弾くってどういう感じなの?今、弾いている?」


「え?…いえ、弾いていないです。

 パチッとした感じで、私は平気なのですが相手はかなり痛いようです。

 父や従兄くらいだと少し痛いな、くらいで済むみたいです。」


「それは血縁関係だと少しは大丈夫ってことか…。

 こんなにふれているのに俺はまったく痛みを感じない…。

 痛いどころか…アンジェ様は思ったよりも小さくて柔らかくて気持ちがいい。

 それにいい匂いがする。花と果実が香っているようないい匂いだ。」


「え?え?匂いですか?」


なんだかすごいことを言われている気がする。

ジョーゼル様って…こんな方だったの?

でも…匂いか。


「…ジョーゼル様もいい匂いがします。

 お日様と柑橘のような爽やかな匂いがして…。」


「ごめん…言われると恥ずかしいな。

 俺、思ったことをそのまま言ってしまうことが多くて。

 変なことを言ってしまっているかもしれない。

 俺も令嬢にふれるのは初めてで…舞い上がっているようだ。」


「わかります…私もこんな風に男性にふれているのは初めてで…。

 こんなに体格が違うなんて思いませんでした。」


「それは人によると思うけど、アンジェ様が小さいのもあるし、

 俺はそれなりに背が高いから。

 ほら、手のひらの大きさを比べたら全然違うだろう?」


「本当ですね。全く違います。」


ジョーゼル様の手のひらに私の手を乗せると、まったく大きさが違った。

こんな風に手の大きさを比べるのも初めてのことで、じっと観察してしまう。


「ぷ。そんなに大きく目を開いて見てたら、目が落ちそうだよ。」


「見過ぎてました?」


「よく見てるなとは思った。

 アンジェ様ってどこもかしこも小さいのに目は大きいんだな。

 新緑の色がとても綺麗だ。」


新緑の色。そんな風に私の目を表現する人は初めてだ。

こんな薄めのぼんやりとした緑じゃなく、

お母様のようにはっきりとした緑だったら良かったのにと思っていたけれど、

新緑の色って言われたら…ちょっとだけ自分の目を好きになれそうな気がした。

じっとジョーゼル様の目を見つめ返したら、

眼鏡の奥で紫色の瞳が柔らかく笑った。


「今度は俺が観察されている?」


「ジョーゼル様の瞳の色は何色っていうのかと思って…。

 とても綺麗な紫だわ。何に例えたらいいのかしら。」


「自分の色はよくわからないからな…わかったら教えてよ。」


「ええ。わかったら教えますね。」


ガタンと振動が伝わり、ゆっくりと馬車が止まる。

王宮の奥の馬車着き場についたようだ。

人払いされているはずなので、馬車から降りてもいつもの案内人はいないはず。


「…離れるのもったいないな。」


「え?」


「何でもない…。さぁ、報告に行こうか。お手をどうぞ?」


「ありがとう。」

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