あなたが運命の相手、なのですか?

gacchi

第1話 そのお願いは聞けません

「アンジェ様、もう少し何とかなりませんか?」


「まぁ、ジョーゼル様。心外ですわ。

 あれ以上の譲歩のしようがありません。

 私としてはジョーゼル様にこそ、何とかしていただきたいのですけど?」


「…困っているのはわかっています。

 ですが、相手は第二王子のフランツ様です。

 もう少し断るにしても柔らかく遠回しに断ることってできませんか?」


「それでわかってもらえないから、こうなっていますのよ?」


はぁぁぁ、とため息が重なった。

そんなことを言われても困っているのはこっちなのに。




去年まではおとなしかった第二王子のフランツ様が、

一つ上の第一王子ハインツ様が卒業してからというもの、

なぜか毎日のように私の教室に話しかけに来る。

私とは学年が違うし、婚約者でもないというのに。


最初は驚いたけれど、それなりに応対していた。

一応は王子様だし、王妃様の子だし、

私も公爵令嬢として相応しい行動というものもある。

でも、やんわり断っても通じない。何度も来る。しつこく来る。

王家に何用か問い合わせもした。

なのに、用事もないのにフランツ様は毎日私の所へ来る。


私が普通の令嬢ならばそれでもいい。

婚約したい令嬢の所に会いに来ていると思われるだろう。

だけど…私は普通の令嬢ではない。


『運命の乙女』

初めて聞いた人は何それと思うだろう。

産まれてすぐ、私は異性を弾いてしまった。それが実の父親だったというのに。


このリスカーナ国では数十年に一度産まれてくるらしい。

血縁者でも異性を受け付けず、運命の相手にだけふれることができる。

リスカーナ国の初代国王がその運命の相手だったこともあり、

運命の乙女に選ばれるものは賢王になると言われている…らしい。


この体質のおかげでもう十七歳だというのに婚約もしていない。

運命の相手がわかるのは運命の乙女が十六歳になってからという条件もあり、

去年はけっこうな人が私に求婚しに来ていた。

求婚というのは私の前に跪いて手を取る、これだけ。

私が弾くことがなかったら求婚を受けたことになる。


私がフランツ様のことを気に入らないのは、

これだけ毎日私の教室まで来て話しかけて帰るのに、

一度も求婚してこないということだ。

それなのに毎日私の所に来ているという話だけが広まり、

運命の相手はフランツ様ではないかと噂になってしまった。


おそらく、フランツ様の狙いはそれだ。

王妃様がそうするように命じているのかもしれない。

外堀を埋めて他に求婚しに来る者がいなくなれば、

私は王子妃になるしかなくなる。

ふれることができないので白い結婚にはなるだろうが、

それでも運命の相手に選ばれたと言うことができる。

第一王子に勝ってフランツ様が王太子になるには、それが一番効果的だ。


それがわかったら利用されようとしていることに腹が立って仕方なくて、

フランツ様にはつい必要以上に冷たくしてしまう。

だって何を言っても毎日来るんだもの。

側近であるジョーゼル様も巻き込まれて大変だとは思うけど、

できればフランツ様を止めてほしい。



「ねぇ、ジョーゼル様。

 さすがにそろそろ私も疲れて来ていまして、

 またフランツ様が来るようなら、

 私からフランツ様の手を取ってしまうかもしれませんわ?

 そうなった時に恥をかくのはフランツ様だと思うのですよ?」


「…確かにそれはそうですが。

 やっぱり、フランツ様は一度も求婚していないのですね?」


「ええ?知らなかったのですか?」


「急に二学年の教室に連れて行かれて、お二人の会話を聞いていただけですから。

 普段の私はフランツ様とは教室も別なのです。

 なぜか…私を側近にしたいようなのですけど、

 私は卒業したら王宮薬師の修業をするのが決まっていまして。

 側近にはなれないとお伝えしているんですけどね…。」


「えええ?側近じゃなかったんですか?

 ごめんなさい…ジョーゼル様も被害者だったのですね。

 それなのに八つ当たりしてしまって…。」


「いえ、アンジェ様が御困りなのは私もよく知っています。

 すみません、今日ここに来たのは私情というか…。

 アンジェ様がフランツ様に冷たくしているのを聞くと、

 私の方が胸が痛むというか…。」


え。ジョーゼル様の胸が痛む?

見上げるほどの長身にそれなりに体格のいい身体。

成績も優秀で令嬢たちからの人気もあり性格は穏やか。

眼鏡をかけていることで知的に見えるが、剣技などの実技の方も得意と聞いている。

そのジョーゼル様が心を痛めてしまっていた?私のせいで?


「…それは、申し訳ありません。

 フランツ様が嫌でお断りしたかっただけなのですけど、

 それほど心無い言葉を聞かせてしまっていたのですね…。」


「あ、いや、違うんです。

 個人的に思うところがあって…悪いのはアンジェ様では…。

 こんなことに時間を取らせてしまってすみません。

 明日から、もう少しだけ頑張ってフランツ様を止めようと思います。」


「それは助かります。…私ももう少し気を付けて断ろうと思います。」


はぁぁぁ、ともう一度ため息が重なった。

それでは帰りますとジョーゼル様が言うので、

私も席を立って玄関までお見送りしようとする。

ソファの横をすりぬけて、ふかふかの絨毯の上を左へ曲がろうとしたところで、

新しいドレスの裾が長くて踏んづけてしまった。


「きゃっ。」


曲がろうと身体を回転させていたこともあって、

裾を踏んでいる足へと重心がかかったままだった。

体勢を立て直すこともできず、そのまま倒れこんでしまう。

それをジョーゼル様に腕を引っ張り上げてもらうことで、なんとか倒れずに済んだ。


「大丈夫か?」


「ご、ごめんなさい!」


「あぁ、慌てなくていい。ほら、立てるか?」


「ええ…。」


倒れかかったままの状態から手を借りて立ち上がると、

ジョーゼル様と視線が合う。

…もう一度、つないでいる手を見る。

私の手とジョーゼル様の手がふれている…。


「えぇぇぇぇええ?」


「…うそだろ…なんで…。」


「「まさか、運命の相手…?」」


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