第24話
振り返る前から、私は声の主が誰だか分かっていた。この世界で、私を『様』づけで呼ぶ男性はただ一人しかいないし、これほど優しい声を発する男性も、ただ一人しか知らない。私は、自分でも驚くほどはしゃいで振り返り、彼の名を呼んだ。
「ジェランドさん……!」
こんな偶然があるのだろうか。
まったく予期していなかった出会いに、胸が高鳴る。
ジェランドさんは、いつもの執事服ではなく、ごく普通の服装だ。いや、普通と言っても、さすがは貴族の執事。私たち一般市民が着るものより、かなり上等な服であり、それが、彼の美貌をさらに引き立てている。
私は見惚れ、高揚し、かすかに震える唇で問いかけた。
「あの、ど、どうし……どうして……」
どうしてここに?
と聞きたいのに、緊張のせいか、吃音気味になり、言葉が続かない。
一番みっともないところを見られたくない人の前で、たどたどしくしか喋れない自分の無様さを思うと、カァッと体が熱くなる。……その数秒後、熱い体とは反対に、妙に冷静な頭で、私は思った。
何故、みっともないところをジェランドさんに見られたくないのか。
その理由は、言語化するよりはるか前に、分かっている。
私が彼に、強い好意を抱いているからだ。
……いや、そんな堅苦しい、ごまかしみたいな言い方はもうやめよう。私はジェランドさんに、ハッキリとした恋心を抱いている。彼の美しさ、穏やかさ、そして、私の話を辛抱強く聞いてくれた優しさと気遣いに、心の芯まで溶かされるほど、惹かれている。
それは、ヘイデールに対しては、一度も抱いたことのない感覚だった。これこそが、本当の恋心というものなのかもしれない。ジェランドさんは、私のごにょごにょとした喋り方からも、真意を読み取ってくれたらしく、相変わらずのたおやかな笑みを浮かべ、答える。
「今日は、休日なんです。数日間お休みをいただけたものですから、久しぶりに、昔馴染みの町を散歩してみようと思って」
「えっ、執事さんにも連休ってあるんですか?」
一般市民の私には、執事さんの生活パターンなど分からないが、毎日ご主人様のお世話をしなければならないはずなので、まとまったお休みなんてもらえないものだとばかり思っていた。
私の素っ頓狂な聞き方がおかしかったのか、ジェランドさんは軽く微笑み、言う。
「そうですね、普通なら、よっぽどのことがない限り、まとまった休日はありませんね」
と言うことは、今は何か『よっぽどのこと』があったのだろうか?
少し気になったが、あまりずけずけと尋ねるのも失礼な気がして、私は自分のことを話すことにした。
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