第22話

 そう、不可解。

 私が現在、ヘイデールに抱いている感情は、愛でも、信頼でもなく、『不可解』――それが、最も大きい。


 一ヶ月前、理不尽に突き飛ばされ、その後、様子を見にすら来なかったことと、私を一切信頼せず、アリエットの言うことのみを妄信し続ける彼の姿に、愛情はかなり冷めていた。


 ……いえ、正直なところを言えば、まだ彼を信じたいという気持ちはある。でも、このまま何も考えずにヘイデールと結婚することが最良の選択とは、流石に思えなくなっていた。それに、ヘイデール自身も、あれほどアリエットから私に関する悪い噂を聞かされては、婚約についてどうするか、色々と悩んでいるのではないだろうか。


 現状について誰かに相談したかったが、父さんと母さんに話してもあまり良い助言は期待できないだろう。……こう言っては何だが、うちの両親は子供に対して、驚くほど関心がない。とにかく、何に対しても『自由にしなさい』『お前の好きにしなさい』『やりたいようにやりなさい』……と、この三種類の言葉しか返ってこないのだ。


 放任主義と言えば聞こえはいいが、私が物心つくかつかないかの頃からずっとこうなので、ある意味、一種の育児放棄である。私が10歳くらいの頃だったかな。一度だけ、お酒に酔った父さんが、上機嫌な様子でこんなことを言った。


『父さんと母さんもまだまだ若いからな、子育てより、自分たちの人生を楽しみたいんだ。レオノーラ、お前はしっかりしてるから、私たちが構わなくても、まあ、大丈夫だろう? アリエットの面倒も見てくれて、とても助かるよ』


 たぶん父としては、これ以上ないほど正直に、思っていることを言っただけなのだろうが、まだ10歳の娘になんてことを言うのだろう。父と母は互いを想い合うあまり、娘の名前などそのうち忘れてしまうのではないかと思うことすらある。まあそれでも、家にちゃんと生活費は入れてくれるし、両親が喧嘩ばかりしている家よりは、ずっと幸せなのかもしれない。


 さて、話を戻そう。


 先に述べた理由から、両親への人生相談は期待できないので、誰か、素晴らしいアドバイザーを探さなければならない。私とヘイデール、そしてアリエットを含めた現状を正確に理解している第三者は、私の知る限り、一人しかいない。……ヘイデールの執事である、ジェランドさんだ。


 この一ヶ月、ヘイデールの送迎をする際に同行しているジェランドさんと、何度か会釈し合ったことはあるが、言葉は交わせていない。しかし、彼のたおやかな視線からは、優しい心根が伝わってくるようであり、私はますます、ジェランドさんに好感を持つようになっていた。

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