第2話

 それから三日後。


 譲ってあげたぬいぐるみを、大事にしてくれているかなと思った私は、ご機嫌なアリエットに、こう尋ねた。『あのクマちゃんは、今どうしてる? お昼寝中かな?』って。するとアリエットは、画用紙にお絵かきをしながら、こちらを見もせずに、こう言った。


『もう飽きたから捨てちゃった』


 想像もしていなかった台詞に、私は思わず固まってしまい、絶句したのを今でもはっきり覚えている。それから、私が20歳になる今まで、同じようなことが繰り返されてきた。


 どうやらアリエットは、『私が大切にしているもの』に異常な執着心を抱くようであり、それが手に入るまでは、何があっても諦めないのだが、実際に手にしてしまうと、あっという間に興味がなくなり、どうでもよくなるみたいだった。


 アリエットは、『私が大切にしているもの』を手に入れるために、時には父や母、周りの人まで巻き込んで、まるで、いつまでも譲ってあげない私が悪いみたいに言うことがあった。


 生まれながらに魅力的で、人々の心をつかむ技術に優れているアリエット。


 アリエットがその気になれば、周囲の人たちに、私のことを『妹をいじめる意地悪な姉』だと思い込ませるのは簡単なことだ。私はといえば、どちらかと言うと口下手で、引っ込み思案な方なので、弁舌能力ではとても妹にかなわない。


 だから私は、今までずっと、自分の大切なものを、アリエットに譲ってきたのだ。


 このままいつまでも、妹に大事な物を奪われ続けるのが私の人生なのかしら……

 かといって、生まれ故郷を捨てて、まったく新しい土地で生きていく度胸なんてない。


 そんなことを思いながら鬱々と生きていた私に、転機が訪れたのは、19歳の夏。


 私は学校を卒業した後、町の雑貨屋で働いていた。


 町の外からお客さんが来ることはまれで、ほとんどが顔なじみ相手の接客なのだが、ある日のこと、数人のお供を引きつれた、明らかに貴族と思しき青年が、店にやって来たのだ。金色の髪をした、背の高い青年は、まるで天使のように微笑んで、こう言った。


『素敵なお店ですね。妹の誕生日プレゼントを探して、あちこちの店に入りましたが、ここの品ぞろえが一番だ。店員さん、何か良さそうなものを、見繕ってくれませんか?』


 それが、後に私の婚約者となるヘイデール・ストラムとの、初めての出会いだった。


 彼の、洗練された美貌と、貴族らしからぬ親しみやすさに、私は一瞬で魅入られた。……もちろん、身分違いの恋など成就するはずがないので、私はときめく胸を無理に落ち着かせ、一店員として、真摯に接客しただけだった。

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