シンデレオ 6
王子は靴が好きだ。
お抱えの靴職人は十人を越えるし、洋服ごとに靴を作っているというこだわりようだ。
いったい靴を何足持っているのか、王子自身も把握しきれていないほどだった。
「ガラスの靴の価値がわかる女子と結婚するんだ」
王子は、胸に抱いたガラスの靴をぎゅっと抱きしめる。
――ずっとお城にひきこもって靴を偏愛してきた僕が、リア充で肉食系のギャルと気が合うわけない。
父王が舞踏会の招待状を国中にバラまくと宣言したとき、王子はそう確信した。
――あんな内容の招待状を見て集まってくるのは、玉の輿狙いの肉食系女子だ。
マジ無理。会話続かなくなってきま
だから王子は、このガラスの靴の展示を条件に、嫁探し舞踏会をしぶしぶ承諾したのだった。
――だいたい父上が僕に結婚してほしい理由って、僕の靴の作りすぎを心配しているからなんだよな。
王は、王子が靴を作りすぎて国庫が傾くのではと心配していた。だから早く嫁をもらってほしかった。
お
――だから僕は、僕と同じように靴を愛してくれる女性と結婚するんだ!
そうすれば、ドレスよりも靴が大事だとわかってくれる。よって、ドレス一着を我慢しても王子の靴に衣装代を回してくれる、という配慮もしてくれるにちがいない。
そんな王子の目論見により、宝物庫の奥のそのまた奥から、ガラスの靴は引っぱり出されたのだった。
「ていうか、さっきからギャーギャーうるさいな。なんだよないきえあまっくすって……ってNIKEエアマックス?!」
王子はすくっと立ち上がった。
「NIKEエアマックス95モデルがあああ!」
ガラスケースの向こう側に、淡いブルーのドレスを着たブロンドの美少女が半狂乱で叫んでいる。
ドレスからしどけなくのぞく白く細い足に輝くのは――NIKEエアマックス95モデルだ。
「あの脊椎を模したシューレース、ループやメッシュなどの独創的なパーツ……ぜったい本物だっ!」
王子は、ガラスケースの向こうにダッシュした。
こうして、王子とシンデレオは運命的な出会いを果たしのだった。
♢
「お嬢さん、どうしたのですか」
王子は美少女の前に手を差し伸べた。
(え、けっこう、いやかなりな美少女やんけ)
これまで二次元の美少女ばかりを推してきた王子はちょっと動揺したが、NIKEエアマックス95に励まされて言葉を続ける。
「貴女に泣き顔は似合いませんよ。NIKEエアマックス95モデルがどうかしたのですか? ていうかそれは貴女のスニーカーですか? ていうかいつぞや、ネットオークションで僕がねらっていた伝説の95モデルを〇十万円で競り落とした奴マジ殺すって思ってんですけど、貴女だったのですか?」
「はあ? あんた誰」
「申し遅れました。僕はこの国の王子です」
王子が気取ってお辞儀をする。
そのとき、胸元にちら、と見えたガラスの靴を、シンデレオは見逃さなかった。
「あああ! ガラスの靴が外に出てる!!」
シンデレオはバナナの皮事件のことをすっかり忘れて、王子に飛びついた。
「見せて! 触らせて!」
「なっ、若い娘がそんな破廉恥な……ってそんな簡単に触らせるかーい!」
王子はちょっぴり名残惜しく思いつつもシンデレオを引きはがし、ガラスケースへ歩み寄る。
「よいか! このガラスの靴はその昔、偉大なる神……ん? 魔女だっけ……? どっちでもいいけど、どちらかによって作られた魔法の靴であるぞ!
王子は上から言うが、シンデレオも負けてない。
「はっ、由来もよくわかってねえ奴がイキるなよバーカ。そのガラスの靴はなあ、魔女が作ったんだよ!」
「え、そうなの?」
「でもって履く者を選ぶ靴なんだと」
「え? マジ?!」
「世界中探してもそんな靴ねえんだ! あたしはガラスの靴を見るために今日までバイトしてドレス買って魔女派遣会社から魔女まで派遣してもらってこの舞踏会に来たんだ! ガラスの靴を見せやがれゴルァ」
「はいどうぞっ」
シンデレオからただならぬ殺気を感じたのか、王子はガラスケースからサッと身を引いた。
「うわあ……これがガラスの靴かああ……!」
ガラスケースにへばりついて、少女のように目を輝かせるシンデレオ。
少女だけど。
そんな無邪気なシンデレオを見て、王子は考える。
(そうか、魔女が作ったんだ……履く者を選ぶのね……って、じゃあこの靴が履けた女性が、僕のお嫁さんってこと??)
思考がちょっと飛んでいる気もするが、リアル美少女を前に少しテンパっている王子は気にしない。
(ってことはつまり……この
またまたどういう思考回路かわからないが、王子はシンデレオが今日の自分のターゲットだと思い定めた。
「あ、あの! 僕とけ、結婚……いや、そのガラスの靴を一生履いていてくださいっ!!」
プロポーズの言葉として「結婚してください」ではあまりにも直球すぎる。
ちょっとひねって、靴好きの王子としては最高の求愛の言葉を叫んだつもりだった。
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