第32話 ずるい


「なるほどねぇ」

「女将、女将、それあたしも食べてみたい!」

「だーめよ。パンを提供したアタシ限定のメニューだもの。食べたかったら今度来る時、材料持ち込みだよ」

「えー!」

「すみません、うち、始めたばかりで……。物々交換になるんです。必要な材料はあちらに書いてあるので……」


 と、入口の方の大きな看板を指差す。

 そこにはメニューと、そのメニューを食べるために必要な材料が書いてある。

 それを持ってくれば、持ち込んでくれた材料で料理を作る、というわけだ。


「どれどれ……ふぅん、最低三種類の素材を持ち込まなきゃダメなのかぁ」

「まあ、普通そうじゃん?」

「でもちょっと品数多いね」

「けど、この味のためなら頑張っちゃうかなぁ、うち」

「今度来る時持ってくるよ」

「だから今日はサービスしてぇ!」

「え、ええええ……!」


 三人の従業員さんたちに手を合わせられる。

 この人たちには何度か……私の意識がない時含めてリオのお世話をしてもらったことがあるのよね。

 この三人と、今アーキさんとマチトさんの代わりに宿を切り盛りしていてくれているタッチさんとマキュージョさんは、リオのお世話を奪い合うほどの人々。

 タッチさんとマキージョさんはフルタイムで働いているから、お世話時間表まで作ってくれていた。

 なので、恩返しというか、お世話になったお礼はしたい。


「わかりました。今日は開店日なのでサービスします。その代わり、宣伝お願いしますね」

「「「任せろ!!」」」


 大変頼もしい返事をいただきました。


「サンドイッチ三つ!」

「うちもカフェオレ飲みたい!」

「あたし紅茶!」

「はーい」


 追加の注文を受けて厨房に戻る。

 途端にリオの泣き声。

 え、オムツもミルクも終わってるのに!!


「俺が見てくるよ」

「あ、ありがとう、ルイ」

「リオくーん! どうしたのかなー!」

「待て! あたしがリオくんのお世話する!」

「うちだよ!」

「「…………」」


 お客さんが赤ちゃんのお世話を奪い合うあの光景よ……。

 あちらは任せて大丈夫っぽい。


「ティータ、手伝うね」

「ありがとう」


 リオのお世話をお客さんに任せて……まあ、それもちょっとどうかと思うけれども——もはや奪い合いなのでなにも言うまい。

 それよりも、ルイに聞きたいことがあったのよ。


「ねえ、ルイ。さっき『スキル』って言いながら料理していなかった?」

「ああ、うん。【スキルコピー】のスキル」

「…………。な、なに、それ?」


 スキルコピー?

 初めて聞く。


「一人につき一つだけ、相手のスキルをコピーできるんだ。コピーは一度しかできないんだけど、完コピできたら自分でも覚えることができる。まあ、相性にもよるけれど」

「え、それじゃあルイは私のスキルをなにかコピーした、ってこと?」

「[料理基礎]のスキルをコピーさせてもらったんだ。おかがで[料理基礎]と[料理]のスキルを覚えられたよ」

「えぇ……? そ、それも『特異スキル』? ルイ、あなた一体いくつ『特異スキル』を持ってたの?」

「んー、【経験値五倍】と【スキルコピー】と【鑑定】と【ステータス表示】と【聖剣】は『特異スキル』って言われたな」

「えっ」


 ギョッとした。

【ステータス表示】!?

 それって、コバルト王国の国王陛下が、国民や召喚してきた者のステータスを管理するため代々血筋で受け継いできたという王家特有の『特異スキル』……!

 それをルイは、単体で使えるというの!?

 それに【聖剣】!?

 なにそのスキル!

 それってスキル!? 魔法ではなく!?

 魔法であっても聞いたことないけど!


「な、なんでそんなにたくさん『特異スキル』を持ってるの!? ふ、普通、召喚者が与えられる『特異スキル』は一つだけなんじゃないの!?」

「最初は【経験値五倍】だけだったよ。レベルが上がってから覚えたんだ」

「っ!」


 な、なるほど。

【経験値五倍】は文字通り、普通の人よりもあらゆるレベルが上がりやすい。

 それで新たな『特異スキル』を覚えていったのね。


「ティータのステータスも見ようと思えば【鑑定】で見れるよ? 見てあげる?」

「……じゃ、じゃあ、あとで……」

「うん。じゃあひとまず料理に集中しよう」

「ええ」


 とはいえ。


「お待ちどうさま!」


 シュババババババババ、と私の倍速で……もうなんか手元が見えない速度でサンドイッチを作り上げるルイ。

 私のスキルをコピーした、と言っていたけど、私あんなに見えない速度で料理なんかできませんが……?


「あ……」


【経験値五倍】……!

 そうか、これがルイの『特異スキル』!

 一度のことで五倍の経験値が入るから、あっという間にレベルアップして達人級になるんだ。

 くっ、どうして私の[料理]にしたの……!


 あなた、そんなにすごいスキルがあるなら[掃除]をコピーして自分で片付けられるようになればいいというのに——!


「美味しかったわ! これから頑張っていきなよ!」

「はい、ありがとうございました!」

「今度は材料持ってくる!」

「はい、よろしくお願いします!」


 それから、注文の品を出して五人が完食してからお店を出るまでお見送り。

 他のお客さんもいないからできる。

 アーキさんとマチトさんはとても満足してくれたみたいだし、アーキさんのところの従業員さんたちも「友達に勧める!」と大変喜んでくれた。

 初日の最初のお客様には好評みたいで本当によかった〜っ!

 ひとまずスタートは良好、かな?


「オルゴールは売れなかったね……」

「ま、まだ初日だから!」

「そ、そうだね」


 結局そのあと特にお客さんも来ないまま初日は終わり。

 こんなものかもしれないと思いつつ、リオをお風呂に入れて明日の仕込み。

 と言っても、マチトさんたちの宿に卸すケチャップとピザソースを作るだけなのだけれど。


「ふふふ」


 興奮が治らないのだ。

 私はついに、前世からの念願だったカフェの店主になったんだもの。

 自分の夢を思い出せたことも嬉しいけれど、私はその夢すら叶えてしまえた。

 信じられない僥倖続き。怖いくらいだ。

 正直言ってまだ夢でもみてるんじゃないか、って思ってる。

 上手くいきすぎてて、私はまだトイニェスティン侯爵家の、あの薄暗い物置部屋の一画でこの幸せな夢を見てるだけなんじゃないかって。


「っ……」


 顔が緩む。

 私は夢を叶えられたんだ。

 カフェを始めたんだ。

 生まれ育った田舎にはなくて、憧れが募って募って就職したらたくさん通うんだって決めていたカフェ。

 仕事が忙しくて、すぐに行けなくなったカフェ巡り。

 結婚、出産後は思い出すことさえなくなった私の憧れ——!


「ふへへ、へへへ」


 勝手に笑いが溢れる。

 私、カフェを始められたんだ。


「ティータ」

「わひゃぁっ!」


 後ろから声をかけられて、慌てて振り返る。

 ルイが目を丸くしていた。

 わ、笑ってたの、き、聞かれた、よ、ね?


「あ、な、な、な、なに?」

「リオのミルクの作り方を教えてほしいんだ。ティータの手が離せない時、俺も作れた方がいいかと思って」

「あ、そ、そうね! えっと、リオ用のミルクはムギヤギのミルクをほんの少し温めるだけなんだけど、温度の加減がとても難しいの。人肌より少しぬるいくらいがよくてね」


 ムギヤギのミルクも、その日に採れた新鮮なものでなければだめ。

 リオの好みに合わせて、腸袋に入って保存してある今日の分のムギヤギミルクをお鍋に入れて、五分ほど温める。

 指を入れて、あたたかいと感じたらメス羊の乳袋に入れて飲ませるのだ。

 この世界に前世の世界のような哺乳瓶はないので、動物の皮などから加工したものを使う。

 郷に入れば郷に従えとはいうけれど、衛生面がちょっと心配よね。

 前世の世界がいかに恵まれていたか……。

 でも、前世で私が幸せだったのかはよくわからない。

 今の方が幸せ、かもしれない。

 だって大事な我が子と、こうしてずっと一緒にいられるんだもの。


「これを飲ませるの?」

「ええ、やってみて?」

「うん、がんばる!」


 ルイは存外、リオの抱っこが上手い。

 私よりも腕が長くて太いし、力もあるから安心感が違うんだろうな。

 楽々片手で抱っこして、ムギヤギミルクを飲ませる。

 飲ませたら背中をトントンさせてゲフ……とゲップを出させて完了。


「これでミルクはオーケーだよ。ルイ、ミルクをあげるの上手いね」

「本当? よ、よかったぁ……! でもこれで俺もミルクを覚えたから、任せて!」

「! うん」


 頼もしい!

 そうして、本当にルイは積極的にミルクを作ってあげてくれる。

 翌日からの営業にも、お客さんがリオのお世話を目当てに来るからとても……なんていうか、楽!

 前世はなにもかも全部ワンオペだったから、あまりにもどんどん私の仕事を奪われて不安になるほど。

 カフェオープンから一週間、二週間と日を増すごとに「赤ちゃんのお世話ができるカフェ」として噂が広まっているらしい。

 いやいや!

 うちはオルゴールカフェであって「赤ちゃんのお世話」をメインにしてるわけじゃありませんからね!?

 この国の人、本当に人間のお世話大好きすぎない!?

 ありがたいけど……ありがたいけど……!

 でもなんか複雑ー!


「ティータ、洗い物は俺がやっておくから、裏の畑を見てきてくれる?」

「ええ、任せて」


 ルイはそんな私の気持ちを察してなのか、簡単な仕事を任せてくれる。

 裏の畑は特に私がカフェメニューの材料にするから任せてもらえると嬉しい。

 中でもトマトはケチャップの材料になるから、熟れたものを選んでこないと。

 ルイってばこんなにいい畑を放置してたんだから……。


「ちょっとトマト畑ばかり拡げすぎかしら?」

「ンキィー」

「そうよね?」


 必要なんだもの、トマト畑が拡張を続けるのは、仕方ないことよね?

 ケチャップは宿の方でも人気で、小分けにして売ってほしい、という声まで出てきたらしい。

 これを機に、うちのカフェで瓶詰めにしたケチャップを販売するつもりだ。

 うーん、自立できてるって感じ!!


「よーし、今日もケチャップ作り頑張るぞっ」

「キー!」

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