第8話 王からの提案
それを私の妊娠が全部ぶち壊したのだ。
その時の父の荒れ具合は想像を絶するもので、私だけでなく母やメイドたちも数多く暴力を振るわれた。
お兄様は寮にいたから後日それを聞いて、それ以後過保護さに拍車がかかったのだと思う。
そんなわけで私は父にひどく恨まれているし、父の八つ当たりの原因であるゆえにメイドたちにも——多分母にも——嫌われているのだ。
正直、「そんなこと言われても」と思う。
でも父の長年の努力を水の泡にしてしまったのは本当のことだし、リオハルトを産んだことを私は後悔していない。
むしろ、リオハルトに再会させてくれた神様には感謝しかない。
「降りろ」
「はい」
けれど、結局私とリオハルトがなぜ城に呼ばれたのかはわからないまま。
まさか陛下に見つかって後宮に呼ばれた、とか?
いやいや、ありえないわ。
陛下は先日お目にかかったけれど、私のような見窄らしい女がお眼鏡に叶うとは思えないし、それならお父様はもっと喜ぶだろうしお金をかけて着飾らせてリオハルトと私を引き離そうとするはず。
じゃあ、一体なんの用なのだろう?
城の廊下を進むと、謁見の間に着く。
さすがに、この格好で入るのはどうかと思うのだけれど……。
「お、お父様、あの……」
「さっさとついて来んか! ぐずぐずするなといつも言っているだろう!」
「っ……」
父にはなにを言っても無駄らしい。
どんどん嫌な感じが増していく。
謁見の間にいたのは国王陛下と艶やかな茶色い長髪の美女。
そして、近藤さんと郁夫。
数名の王宮魔法使いと左右を騎士たちが固めている、なんとも厳かな場。
父は笑みを浮かべ「連れて参りました、クリステリア王女」と頭を下げる。
クリステリア……あの陛下の脇にいる女性が、お兄様の愚痴の原因。
化粧もほとんどしていないのにすごい美人。
自分が自身だとわかっている、そんな自信に満ちた姿。
彼女は一歩前へ出ると「ご苦労様」父を労う。
陛下の表情はどことなく険しい。
郁夫は不安げで、近藤さんは無表情。
……これは、いったい……どういう場なのだろう?
「お前がエイシンの妹? ねぇ、お前のせいでエイシンがわたくしの婚約者になるのをすっごい嫌がっているんだけど、どう責任をとってくれるつもり?」
「は、はい?」
「あいつ、わたくしがお茶会や夜会に誘うとお前を理由に逃げるのよ。所用があるとか言ってるけど、調べさせると実家——まあ、お前のところに行ってるのよ。腹が立つわ。わたくしよりも妹を優先させるなんて。許されることじゃないわよね? ね?」
「……え、ええと……」
クリステリア王女は腕を組んで頬を膨らましながら、そんな八つ当たりでしかないことを私に言う。
お兄様に聞いていた以上かもしれない。
かなりとんでもないこと、平然と言っている。
けれど、陛下はクリステリア王女の言葉に頭を抱えるばかりで止めるようなこともない。
私はただ、父に言われた通り権力者に跪いて頭を下げるのみ。
ろくなことにはならない予感はひしひしとしているけれど、この場で私にはそれしかできない。
一縷の望みは“勇者”である郁夫だけれど、あいつも困惑した顔をしている。
異世界に召喚されたばかりの郁夫には、この世界の常識なんてきっとわからない。
近藤さんもいるけれど、論外だろう。
助けは期待できないものと思うべきだ。
「っ」
もしかして、こうなるようにクリステリア王女はお兄様に無茶振りを?
いえ、それ以前に、私を追い詰めてどうするつもり?
私にはなんの価値もないのに。
「まあ、クリステリアの言うことはともかくだ」
「はい」
陛下が口を開く。
それに相槌を打つ。
目線だけであたりを見回して状況を整理する。
父も頭を下げて跪いて、こちらを見ていない。
後ろは扉。
扉の前には兵士が二人。
どことなく、逃げ場はなさそう。
自分の力でなにが起こっても乗り越えるしかない。
リオハルトは必ず守る。必ず。
「今日お前を呼んだのは、クリステリアの愚痴を聞かせるためではない。お前の息子、リオハルトの『天性スキル』を聖女殿のスキルで動かせないか試させてほしいのだ」
「え?」
「お前の子息リオハルトの【召喚】は特別なスキルだ。侯爵家の娘として育ったお前ならば、この意味がわかると思う」
「……そ、それは——」
陛下のお言葉は、聖女——近藤千春さんのスキル、確か、[略奪]なる『特異スキル』でリオハルトの『天性スキル』【召喚】を、近藤さんに
冗談ではない。
それじゃあこの子を守るものがなくなるもの同然。
けれど、陛下のそれは——この状況は、おそらく“温情”!
元々リオハルトはトイニェスティン侯爵家で育てられ、私は家から追い出される予定だった。
お兄様と私の我儘でリオハルトの“世話係”として家に置いてもらっている。
私にリオハルトのことをどうこうする権利はないのだ。
法的な保護者、責任者はお父様。
つまりこの件は陛下個人のお考えではないのだろう。
けれど国王陛下としてそれが最善であると判断したのだ。
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