第3話 召喚


「え、お城へ?」

「ああ、五年前から準備されていた【召喚】の準備が整ったのだ。リオハルトは『天性スキル』で【召喚】を持っているだろう? 五年前に行われた【召喚】は一部失敗に終わったというから、リオハルトの天性スキルにあやかりたい、という験担ぎの意味を込めて城へ招きたいそうだ」

「そ、そうなんですね」


 この世界——『アレンクォーツアース』のコバルト王国では転移転生がありきたりだ。

 ただ、私のように前世の記憶を持つ者は多くはない。

 以前、お兄様にだけは「私は前世の記憶を持っています」と伝えたことがある。

 けれど、『アレンクォーツアース』は太古の昔に人間の科学で滅んだ経緯から、科学技術に対する記憶は抜かれていることが多く、前世の記憶持ちは基本役立たずとされている——と教わった。

 事実、私の記憶にはかなり穴があると気づいた。

 私の前世の記憶は人間関係のみに偏っており、どんな仕事をなにで行っていた、などが抜け落ちていたのだ。

 その感覚はなんとも言えない。

 人の顔や名前は思い出せるのに、周りにあった周辺機材がぼんやりしている。

 そう、前世の——職場の人、夫、赤ちゃん、肉親、友人……そういう人たちのことなら思い出せる——そんな穴だらけの記憶。

 だから転生者は珍しくないけれど、記憶があっても役に立たない。

【召喚】により異世界から転移してきた者ならば、『天性スキル』に近い『特異スキル』を与えられてこの世界に降り立つ。

 お兄様の話では、五年前に失敗した【召喚】からまだ立ち直れていない王宮魔法使いたちたっての願いで、リオハルトを儀式の場に招きたいのだそうだ。

 正直、生後半年の赤ちゃんになにかできるとは到底思えないのだけれど……こういうのは気持ちの問題、なのかな?


「それに、屋敷から出られなくなって半年も経つだろう? たまには屋敷の者以外に会った方がいいだろう」

「お兄様、そんな……私、本当に平気ですわ」

「そう思っているのはお前だけだ。会う度にやつれている。ちゃんと寝て、食べているんだろうな?」

「は、はい! もちろん! ちゃんと食べてますし、寝てますわ!」


 前世のワンオペ育児から学びましたよ?

 一週間に一度はメイドにお願いして、ゆっくり眠る時間を確保していますし、食事は厨房で残り物などをちょろちょろっと……。

 一人で育てると決めたので、このくらい平気。

 メイドは話しかければ、嫌そうにしながらもちゃんと話してくれる。

 前世のようにスーパーにも行けないような生活じゃないもの。


「お前が思っている倍、寝て食べるようにしろ。……私は学園に戻らねばならない。いいか、もっと太って、目の隈をなんとかするんだぞ」

「は、はぁい」

「来週、城へ行く時は私も同行する。召喚されてきたのが聖女であれば、お前が話し相手として選ばれるかもしれない。そうなれば今よりいい生活ができるようになるだろう。それまでの辛抱だ」

「は、はあ……」


 お兄様はこの家の次期当主。

 私などに構っていなくても、約束されている人生。

 どうして私をこんなに案じてくれるのだろう。

 頭を撫でられると、本当に優しくて妹想いな人だな、と思う。

 きっとお兄様だけは、私のことを裏切らない。

 けれど、だからこそ私のせいでお兄様の迷惑になるのではと思ってしまう。



 ***



 そうして、あっという間に登城する日がきた。

 久しぶりの外出用のドレス。

 無論、家から除名されている身なので貴族令嬢が着るような、豪勢なものではなく非常に質素なもの。

 お兄様が用意してくれたものだ。

 お父様とお兄様の後ろについて、リオハルトを抱いて初めて入った城の中を進む。

 とても高い白い天井と、広い廊下。

 屋根は青いペンキで塗ってあり、青い空が時々建物の隙間から見える。

 ダンスホールに案内されるが、そこは本来の用途とはまるで異なる様相。

 人がローブを纏い、私にも専用のものとして手渡された。


「これから邪霊獣が出てくるから、瘴気耐性のローブだ」

「!」


 邪霊獣はこの世界に残る旧人類——科学で世界を滅ぼした者たちの怨念を吸収して、邪悪な獣と化した実態のない呪いの獣。

 その身は魔法でしか倒せず、強力な邪霊獣は全身が瘴気でできているという。

 そして、【召喚】に使われる生贄は強大な体と力を持つ魔獣、または邪霊獣。

 つまり、今から出てくるのは邪霊獣なのね。

 邪霊獣とはいえ生贄に使われるなんて、なんだか可哀想。

 一度この惑星を滅亡させた原因である“人類”を、本能で排除しようとするのが邪霊獣というけれど、滅ぼしたのが“人類”なのだから仕方ないような気もする。

 もちろん、襲われたら怖いし今はこの子リオハルトを遺して死ぬつもりはないけれど。


「儀式を始める! 今度こそ幾度となく我が国の平和と領土を脅かすドルディアルを倒すのだ!」


 国王陛下自らが現れ、陣頭指揮を執る。

 円になった王宮魔法使いたちが詠唱を開始さした。

 しばらくすると側面の扉から禍々しい獣が、檻に入れられて入ってくる。

 円陣の中央に配置された、それ。

 初めて見た。

 あれが、邪霊獣……。

 目がなく、牙は口全体にびっしり。

 鋭い爪と全身に牙。

 手足すら、鋭い刃だ。

 生物としての機能はなく、まさしく人類を殺すための兵器のよう。

 低くおぞましい唸り声をあげ、檻を噛み砕こうと試みている。

 けれど何度も光が放ってそれを阻んだ。

 次第に檻は光の輪に囲まれ、その輪が五本に重なると、邪霊獣は苦しげに叫ぶ。

 生贄。

 その言葉が頭をよぎる。

 捧げられたその檻の中に、光の輪が高速回転しながら収束していく。


「来たれ!」


 魔法使いの叫びに部屋中が轟音と光に包まれた。

 檻は消え、そこには二人の人間が煙に巻かれて座っている。

 召喚が、成功した?

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