角砂糖が溶けるように

1-6 宿泊研修にて

　宿泊研修は、とある山奥にある学園の施設で行われた。

　見た目はごく普通のホテルのようで、グラウンドやキャンプ施設もある。山奥と聞いてものすごく不便な生活を想像したけれど、その心配はすべて消えた。

　施設の係員の説明のあと、とりあえず荷物を部屋に運んだ。

「うわー、広い！　しかも、ベッドが別々！」

　普通、学校の宿泊施設といえば二段ベッドがいくつも並んでいる部屋が多いけれど、ここは一人に一つずつ、普通のベッドが部屋に三つ用意されていた。

「さすが星城……贅沢だなぁ」

「高校生がこんなとこ使って良いのかな」

　学園所有の施設なので、もちろん、幼稚園児から大学生、教員まですべての人が利用する。そのため、ここまで贅沢にしました、という話は夕食前に館長から聞いた。

　研修初日は夕方に到着したため、夕食後に施設内を見て回るだけだった。麻奈美は友人の千秋や芳恵と一緒で、同じ班の修二たちも近くにいる。もちろん、宿泊棟は男女で別だ。

　食堂や浴場、事務室、研修室など、主な部屋の場所を覚えてから最後に全員が講堂に集められた。時刻は午後八時。マイクを持って話しだしたのは、館長。

「みなさんに言っておきたいことがあります。毎年あるんですが、必ず……夜中に生徒が先生方に捕まってます。男子生徒が多いですね、女性宿泊棟入口で」

　夜中、教師陣が寝静まる頃を狙って女性宿泊棟に行こうとする男子生徒が後を絶たない、教師は交代で見張っているため侵入は不可、と館長は言った。

「そこで私たち、施設と先生方で考えたんですが」

　館長はいったん話をやめ、生徒たちを見渡した。

「夜、八時から十時までここを開放しますので、有効活用してください。勉強するもよし、友達と話すもよし。ただし、十時には必ず自分の部屋へ戻ること。羽目を外しすぎないこと。みなさん、星城学園の生徒さんなら大丈夫だと思いますが。では、二時間後にはここを閉めますよ」

　そして施設係員や教師陣が講堂から出ていった途端、あちこちからざわめきが起こる。

　麻奈美の横に座っていた修二も例外ではなかった。

「つまり、俺が麻奈美にアタックするなら今ってことだな」

　もちろん、その言葉は麻奈美に届いていた。

「──そういうこと？　わざわざそんな時間つくってくれたの？」

「優しいなー館長！」

　修二や他の男子生徒は、もちろん女子生徒で嬉しそうにしているものもいるけれど、麻奈美はそうではなかった。うるさいところで勉強するのは好きではないし、特に気になる男子生徒もいない。クラスメイトと仲良くなるには、良いだろうけど。

「修二さぁ、私がどんな人が好きか知ってるの？」

「俺だろ？」

　自信満々で修二は言うが、麻奈美は大きなため息をついた。

「なんでそんな自信満々なわけ？　私、そういう修二が一番嫌い」

「嘘だろ？」

「ほんとだよ。傲慢男は嫌いなの」

「俺……そんなに傲慢？」

　麻奈美が修二に笑っていないのはいつものことだったけれど、修二はいつも以上に凹んだ顔をしていた。麻奈美の言葉が突き刺さったのだろうか。

「まぁね。自信過剰っていうか」

　その様子を横で見ていた千秋が、

「麻奈美ちゃん、ちょっと言い過ぎ……」

　と言った。

「でも、修二なら頑張れば性格は直ると思うよ」

　麻奈美はそっぽを向いていたけれど、修二には気にはならなかった。

　今、麻奈美はものすごく良いことを言ってくれた。

「じゃあ、いつか俺と──」

「残念だけど、それはないよ」

　再び、修二は肩を落とした。

「千秋ちゃんには前にも言ったけど……最近、気になる人ができたから。まだ何も知らないしプライベートも知らないけど、今はその人のことしか考えられない」

「そいつのこと、好きなのか？」

「ううん、まだそこまでは……でも、ものすごく気になる。あの人が私のことどう思ってるかはわからないけど、私はもうちょっと知りたい。もし修二と付き合ったとしても、ずっとその人のこと考えるよ」

　麻奈美の言葉を、修二はだまって聞いていた。

「じゃまた、俺はふられたの？」

「うん。でも、そんなんで修二、諦めないんでしょ？」

　講堂は夜十時まで開放されているけれど、麻奈美は九時過ぎに部屋に戻った。もちろん千秋も一緒だったけれど、芳恵の姿はない。修二と話をしている間に、班の男の子から話しかけられ、良い感じで談笑していた。先に戻るね、とだけ声をかけておいた。

　部屋に戻ってから、麻奈美はベッドに飛び込んだ。

「疲れたー。何もしてないのに疲れたよ……」

　施設のベッドは硬いのが多いけれど、これはフカフカだ。

「ねぇ、麻奈美ちゃん……さっきの気になる人って、どんな人なの？」

　研修に来る前、学校で心配されてから数日後、麻奈美は友人たちに芝原の存在を明かしていた。しかし、『気になる大学生』と言っただけで、大夢の客というのはまだ黙っているし、言うつもりもない。

「うーん……どっちかというと、私の理想の人、かな」

　かっこ良くて頭も良くて頼れるような大人。

　芝原の詳しいことはまだ何もわからないけれど、麻奈美の理想にはぴったり当てはまっていた。顔がきれいなのは何度も確認した。ただし、まだ単に気になるという程度だけれど。

「じゃあ、片平君は、いつまで経ってもダメなんだね」

「かわいそうかな。でも、なんかダメなんだよね、あいつ。悪い奴じゃないんだけどなー。誰か紹介してあげようかな」

「それは、……たぶん嫌だと思うよ」

「やっぱりそう？」

　その後、しばらくは女同士の話をして、順番にお風呂に入った。施設には大浴場があるけれど、部屋にも備え付けられているのがさすが星城というところだ。大浴場が好きではない二人は、部屋のお風呂で済ませた。

　ちょうどそのころ、芳恵も戻って来た。話していた男の子とは仲良くなれて、夏休みに遊びに行く計画まで立てた、と顔が緩んでいた。

「そうそう、片平君が麻奈美ちゃんのこと聞いてきたよ」

　翌日の準備をしながら、芳恵が言った。

「どんな人が好きなんだ？　って。大人の男だよー、て言っといたんだけど、良かったのかな？」

「うん、良いよ。早く諦めてくれないかなぁ」

　消灯の午後十時半に女の先生が見回りに来て、部屋の電気は消した。本当なら三人でずっとひそひそ話をしていたいところだけれど、誰も睡魔には勝てなかった。