第25話 真価
条件が多い──でもやるしかない。
「転次郎さん!」
最高のタイミングで現れたアリシアが女神に見えた。
さらに不意のスキルにより猿の視界を一時的に奪う。
時間が惜しく、アリシアを転移で側に寄せる。
「パパトと協力してボヘミアの民をメインストリートに出るように誘導してくれ」
「はい!」
全てを察したアリシアを西門の入り口まで転移でもどす。
スキルの使用はあと一回。陣形にならない転移をしたため陣形の付与はとけている。
猿は視界を取り戻し、嬉しそうに俺に視線を向ける。
口元からは唾液が滴りすっかりお食事モードだ。
猿が距離を積める前に、バックパックを前面に構える。
毎度お馴染みの一撃をかろうじて受け流すと、バックパックが破れ中身が散乱する。
手を伸ばせば届く距離をさらに縮める。
散乱した物を拾い振り撒くと猿の周りに煙がただよう。
スモーカーリーフ──ネアによると、刺激をあたえることで、繁殖のためにごく微量の種を放出する。性質を利用し、複数の葉に過剰な刺激をあたえ、種を大量放出させると煙のようになる。
再び視界が失われ地団駄を踏む猿。
闇雲に振り回される腕にあたってダメージを負うことを嫌い少し距離を取る。
時間稼ぎに役立ったスモーカーリーフの種が尽きる。
なおも振り回される腕の風圧で猿の視界は光を取り戻す。
度重なる邪魔でいよいよ苛立ちを覚えたのか、猿の眉は寄り険しい顔で俺を睨んでいる。
バックパックが無い以上、もう受け流すのは難しい、目眩ましの手も尽きた。
「くそ、間に合わないか」
瞬間。足元の土が一気に盛り上がった。
威圧感を放っていた猿が豆粒のように小さくなり、ボヘミア国が一望できる。
レイルだ。
アリシアから聞いた情報で全てを察してくれたのだ。残る二回のスキルを使いどこかに穴を堀り、使用した土の逃げ場所を俺の足元に設定した。
『陣形─鋒矢の陣』
もっとも大きな通りに集められた全国民を矢印の形になるように一斉転移させる。
攻撃に重きをおいた陣形だが防御面や機動面を放棄しない柔軟な陣形だ。
起死回生の一手は以前確認したスキルにあった。
──────────────
──────────────
スキル『陣形』
【能力】
・仲間の位置を変更
・仲間の位置、量により陣形効果を自身に付与
【制限】
・自身に対する転移は一切不可の条件制限
・一日五度の回数制限
・位置変更は見える範囲に限る条件制限
・スキル『転移』の一切を制限
・体力使用の条件制限
──────────────
──────────────
俺のスキルは転移させた仲間の量が関係する。五百人ほどを陣形に組みこむことで、規格外の身体能力が付与される。
五十メートルはあるだろう足場から飛び降り、着地音と共に地面に被さっていた砂が舞い踊る。
強化の恩恵だろう身体に痛みはない。
着地の衝撃も、猿に受けた打撃も何もなかったかのように快調だ。
「さて、お礼させてもらおうか」
猿は地面を前に蹴りだし距離をとった。
先刻まで威圧感を放ち獲物で遊んでいた猿はいなくなった。いるのは敵と相対し、死なないために頭を働かせる猿だ。
つま先に力を込め、猿との距離を詰める。
背後を取られたことに気づきもしない猿は首を左右に振る。
右に拳を作り、肘を引く。
「こっちだ」
回転しながら前方へ打ち出された拳は、左胸の半ばをえぐる。抵抗を感じないまま直径二十センチほどの風穴が空いた。
うずくまってこうべを垂れた猿の右肩に同じ要領で拳を埋め込む。
右脚にもう一度。
腹部にもう一度。
地に伏したボヘミアの人たち、ナディン、ネアの分だ。
「タ……ズ……ゲ……デ……」
「同じことを言った民を嬉しそうに殺したお前には、命乞いをする権利もない」
顔面に全力を込めた一撃を放つと首から上が宙を舞いはじけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます