第23話 自由と犯罪

 ──カリキュラムを終えた二ヶ月後。


 クク国からさらに被害者たちを連れ出し、人口は約五百人まで増えた。

 ネアの力なしで国土も直径二キロメートル程に拡大、東西南北すべてに門を設けた。

 パパトが考案した貨幣も国内で使用され始めた。

 ボヘミアの民たちは自由な生活に慣れ、備蓄を計画して休みを取る者も現れてきた。



「ドロボー!」


 突如。生活音を押し退け怒気を帯びた声が商店街に響き渡る。


 声の主は恰幅のよい八百屋の店主だ。

 布切れで顔を隠したひとりの男が、両手に赤い果実をもって走り去る。スキルを使っているのだろうか圧倒的スピードで、みるみる姿が小さくなっていく。


「警察も必要かなっと、ネア頼むよ」


 商店街の様子を見に来ていた俺とネアは即座に捕縛を決定する。

 少し大きめの肩かけバックから、ネアはツタを一本取り出し、強く握るとみるみる成長する。俺たちは成長に便乗し国を見おろす高さまで押し上げられた。

 

「……いた」


 国の北側で悦に入る果実泥棒を見つけるとツタを操作し接近。


「へへへ、馬鹿らしくて働く気が失せるぜ」

「──働かざる者食うべからずって知ってるか?」

「げ、転さん」


 国民はなぜか俺を転さんと呼ぶ。

 果実泥棒は俺の顔を見るなり、ばつの悪そうな顔をする。少し間をおいて何かを思いついたのか、にこやかに唇を歪ませる。


「あんたの作ってくれた国は最高だよ! 働きたくなければ働かなくてもいい。自由な発想だ、すごい!」

「だが生きるために働く必要はある。労働力を提供して、金をもらい食料を買う、お前のそれはルール違反だ」

「ルール? 自由をうたう転さんがルール? おいおい勘弁してくれよ。自由な国にルールがあってたまるかってんだ」


 果実泥棒は屁理屈を言い、果実をむさぼる。


「秩序を保つため、あくまで最低限のルールだ」

「なんだ? おい! やめろ!」


 時間の無駄と悟ったのかネアがおもむろに拘束する。


「あんちゃんよぉ、泥棒君の言うことも一理あるぜぇ。みんな自由になれると言われて誘いに乗ったんだ。ふたを開けたら最低限のルールはありますじゃ詐欺ってもんでしょ」


 言っていることは理解できる。だが完全な自由は力による格差を産む。とても許容できるものじゃない。


「バカ言ってないで商品を返してきてやってくれ」

「それもルールか?」


 口元に笑みを浮かべるレイルだが、眼は鋭く俺をとらえている。



「レイル様! 転さん! 魔物がでた!」


 胸が潰されるような空気を壊したのは凶報だった。


「ウルフィルか?」

「いや、見たこともねぇやつだった! ナディンさんが死んじまう!」


 ナディンが死ぬ?

 とても信じられる内容じゃなかった。

 ナディンは一人でウルフィルの首を跳ねたことがある。


「出やがったか、あんちゃん話はあとだ」


 途端。国の西側から届いた轟音に腹を蹴りあげられる。


「急ごう」

 

 果実泥棒を捨て置き、レイルとネアと共に西門へ向かった。




 西門に到着したと同時に門を何かが突き破る。


「ナディン!」

「……やく……げろ」


 ナディンが通った道の先にはひとつの影があり、口元は嗜虐的に笑っている。

 近くにいた人たちにナディンの手当てと避難を頼み、悪趣味な影へ近づいた。


 門の周りは魔物の接近が分かりやすいようにと、遮蔽物が撤去されているが足元には息のない人たちが転がっている。

 影の主へと視線を向ける。

 でかい猿だ。

 腰を曲げたままでも、五メートルはある。

 全身にまとった、くすんだ茶色の体毛をかきわけ、五本の指から伸びる鋭利な爪でボリボリと体をかいている。

 左手には帰らぬ人となった成人男性が握られ、おもむろに口元へ運ばれた。

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