第14話 相談に乗ってくれる大人


 ちょっと胡乱な目を向けた私が何か言う前に、謎のお兄さんは今度はあからさまに顔をしかめた。


「腹が立つから弁明しておくが、お前の声は全く聞こえなかったぞ。だが……過去に、誰かが強い思念を残すと声のように聞こえる」


 強い思念?


「一昨日だったか。クズ男に指輪を押し付けられそうになったと叫んでいたはずだ」

「……お兄さんは、子供の後をつけ回す変態さんですか?」

「その場に残った思念が聞こえると言っただろう! 私は魔力が強いんだ!」


 お兄さんに本気で睨まれた。

 そ、そんな怖い顔をしたって、ちょっと怖いと思うだけですよ。はるか上から圧力をかけられたって、全然怯えていませんからね!

 私が虚勢を張りながらヘラっと笑うと、お兄さんは呆れ顔で首を振りました。


「まあ、いい。……忠告しておくが、お前が本当は何歳かは知らんが、子供の手を握って喜ぶ男など碌でもないぞ。不貞行為としてお前が非難される前に、姉とやらに正直に訴えておけ」

「それは、まあ、そうしたいんですけど。難しいです」


 正直につぶやくと、お兄さんは不快そうな顔をした。

 いや、そんな顔をしても、できないことはできない事情があるんだからね。

 張り合うように高い位置にある顔を睨みつけると、お兄さんはため息をついた。また何か言われるかもしれないと身構えたけれど、何も言わずに木陰へと移動して根元に座った。

 なんとなく見ていたら、思い切り眉をひそめられた。


「おい、さっさとこっちに来い。いくら子供であろうと、お前は女だろう。日焼けは避けておけ」


 あ、そうか。

 この辺りは日差しが強いから日焼けをしてしまうんだ。北部生まれなもので、日焼けに気を使う概念はなかった。そう言えば、メイドたちが必死の顔で帽子を被れと言っていたなぁ。

 素直に日陰に入ると、お兄さんは羽織っていたマントを外して草の上に敷いた。

 えっと……人様のやり方に文句をつける気はないけど、マントを干すなら地面じゃない方がいいと思いますよ?

 なんて事を思っていたら、お兄さんが今度は明らかに不快そうに眉を動かした。


「おい、何を見ている。ここに座れ」


 座れ、とは?

 ……まさか、そのマントの上に座れという命令なの?

 えっ、何それ。私は伯爵家の令嬢だけど、猿と呼ばれた私にそんな事をしてくれた人は初めてかもしれない。

 な、なんだか淑やかな貴族令嬢になった気分だ。

 ……と浮かれそうになったけど、ちょっと待ってください。


「あの……私のスカートより、お兄さんのそのマントの方が高級そうなんですが」

「私のマントは汚れる前提のものだ。だがお前のスカートは、草の染みがついていいものなのか?」


 なるほど。一理ある。

 今日のスカートは、オクタヴィアお姉様が選んでくれた大切なスカートだ。

 街歩き用だから、ドレスみたいに高価なものではない。どちらかと言えば庶民風。作ってくれた時はまだ大きかったけれど、今はちょうどいい長さになっている。あと少しで短くなる、と思っている。本当にそこまで背が伸びるかはわからないけど、小さくなるまでは大切な大切なスカートだ。


 例えお尻に敷いた布が超高級品でも、お姉さまの愛情に比べれば!

 座る瞬間はドキドキした。でも座ってしまえば怖いものはない。ただの快適な敷物だ! それでも何となく深呼吸をしていたら、お兄さんが私の方に向き直った。


「それで?」

「……それで、とは?」

「お前に言い寄っているクズ男の件だ。なぜ姉に言えない?」

「それは……」


 どうやら、真面目に相談に乗ってくれるらしい。

 目つきは怖いが、意外に立派な大人だ。何とも嬉しくなったけど、私はすぐには何も言えずにうつむいた。


 だって、ねぇ。

 オクタヴィアお姉様のことならともかく、お姉様の婚約者のことだ。気楽に他人に話していいものではないだろう。

 ……でも、相談はしたい。話したい。

 どうやら大体の愚痴は知られている模様。誰にも聞かれないからと、うっかり具体的なことまで叫んでしまった気がするし。

 それに、こういうことは、身近な人より全くの他人の方が話しやすいよね!


「実はですね。クズ男は……私の姉の婚約者は、我が家より格が上の家の出身なんです」

「普通は同格だろうに、珍しいな」


 大金持ちのお兄さんは、まず常識的な相槌を打った。

 まあ、普通はそう思うよね。


「確かに珍しいと思います。でも姉は家を継ぐ人です。女が当主になると、どうしてもいろいろ面倒なことが起きますよね。それを防ぐために、格上の人を婿としてお迎えすることになっているんです」

「なるほど。……それならば、確かに壊しにくい縁談だな」

「あのクズ男も、私が絡まなければ普通に洗練されているというか、姉にふさわしいと言うか。美男美女でお似合いだし、傲慢な貴族様という感じは全くしないし、どちらかと言えば気さくだし、思慮深い人でもあるんです。でも……でも……なんというか……」

「でもその男は、婚約者の妹に言い寄るクズなんだな」


 お兄さんは、私が言い淀んだことをすっぱり言ってくれた。

 ……いい人だなぁ。

 普通はもう少し遠慮するのに。

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