世界は今、癒やしを求めている
snowdrop
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休憩から戻ると、店の受付にお客様が一名、みえられていた。
ロマンスグレーのふわふわした髪にグレイの背広を着たやや背中の曲がった小柄な老紳士である。
「娘がせっかく僕の誕生日に予約してプレゼントしてくれたわけだから、この五十分のパウダーのコースだけでお願いするよ」
と、お客様のしゃがれた声が耳に届く。
白いシャツにスカーフを首に巻いて受付に立つリーダーは、左手側に設置されたモニターから視線を離し、透明な飛沫防止シート越しに「かしこまりました」と笑顔で答え、「ご来店のお客様には、手指消毒と検温、体調確認をさせていただいております。こちらで手指消毒をお願いできますか」と話しかける。
そんなやり取りの最中、
「いらっしゃいませ」
私は一礼して脇を通ってサロンへ入り、薄暗い店内を横目で一瞥しつつ、慌てず急ぎ、バックヤードへ向かった。
「お疲れさまです」
カーテンが翻らないよう気をつけて入ると、手狭なバックヤード内のシンク前で、同期のチカちゃんが、白いフットバスに湯を張っていた。
「受付に男性客一名」
奥の棚に鞄を置き、上着を脱いでハンガーにかける。自分のウエストポーチを取ってつけ、手にアルコール除菌をしてから壁に掛けられた時計下の鏡で身だしなみを整え、マスクを微調整してフェイスシールドを取り付ける。
「私、まだ休憩中だから。雨宮さんが担当すると思う」
同期のチカちゃんは、ティートリーのエッセンシャルオイルを入れて、男性用のフットバスを手際よく用意した。
「休憩中は、ちゃんと休まないと駄目だよ」
「在庫チェックの残りを終わらせるために早く帰ってきたの。で、それが終わったから、休憩がてらフットバス作ってる」
「午前中に終わらなかったんだ」
「チェックする同じ班の子、今日のシフトはいなくて」
「チカちゃんだけだったんだ」
自分の手をもみながら爪が当たらないか確認しつつ、奥の作業台に置かれたモニターをみる。受付のモニターと連動している稼働表の縦軸には、本日の出勤者の名前が並ぶ。今日のシフトも人数ギリギリで余裕がない。暇なときこそ連携が取れるようにしておかないと急に忙しくなってとき対応できなくなる、そこが課題かな、と呟きながら自分の名を探し、横軸に目を向ける。たしかに休憩後、男性客の施術をする予定になっていた。
「満席だから……空き次第、セッティングを済ませないと」
カーテンの隙間から店内をこっそり覗く。お客様が席を立ち、スタッフにフィッティングルームへ案内されていくのがみえた。
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