第19話 陰陽師1日体験日記④


 僕と華音姉さんが到着すると、工事現場には何人かの人達が地面に倒れていた。

 倒れているのはツナギを着た作業員らしき人、警察や救急隊の制服を着た人達である。

 顔を真っ青にして苦悶の表情で気を失っており、あちこちからうめき声が上がっていた。


『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタッ!』


 そして……中空をサッカーボール大の黒い塊が飛び回っている。

 モヤのようなものに覆われてハッキリとしないが……黒い塊には2つの赤い光が宿っており、直感的にそれが眼球であると理解できた。


「あれは……『犬神』!」


 その姿を目の当たりにし、華音姉さんが叫んだ。

 犬神というらしき異形の怪物……有名な怪異であるその名前は僕も聞いたことがあった。


「犬神って……あの呪いに使う首だけの奴のこと?」


「はい、呪術の犬神で間違いないでしょう。あそこまで強力な個体は久しぶりに見ましたが……」


 僕の言葉に華音姉さんが頷いた。


 犬神というのは僕でも知っている有名な妖怪。

 人間の手によって意図的に生み出された呪術の怪物。『蟲毒』などと同一視される呪いだった。


 術者は犬を地面に埋めて首だけを出す。そして、その首の届くか届かないかという位置にエサを置く。エサを求めて犬が首を伸ばすが……あと少しというところで届かない。

 そうして犬の飢えがピークに達したところで首を斬り落とし、犬の飢餓と怨念を呪いとして利用するという呪術だった。


 マンガの知識を引っ張り出すと、華音姉さんがコクリと頷いて補足する。


「この呪術は斬り落とした犬の首を地面に埋めることで相手に呪いをかけるのですが……どうやら、工事によって埋まっていた『呪物』を掘り起こしてしまったようですね。この業界ではよくある事故です」


「よくあるんだ。結構な大騒ぎになっているけど」


「表沙汰になっていないだけですよ。大昔の術者が使っていた呪物、封印されていた怨霊、あるいは古代のシャーマンの死体などを掘り起こしてしまい、数百年の時を越えて呪いが発動してしまうことがよくあるんです。日本は平安時代から続く呪術国家ですからね」


「おっかないなあ……自分の足元に呪いが埋まっているかもしれないとか、夜眠れなくなりそうだよ」


 僕が素直な感想を述べると、華音姉さんが悪戯っぽく笑う。


「眠れなかったらお姉ちゃんの布団に入ってきて構いませんよ? 弟くんだったらいつだって大歓迎。おっぱいで包み込んで頭を撫でてあげます」


「魅力的な誘いだよね……それよりも、どうしようか?」


『ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタッ!』


 そんな会話をしているうちにも、犬神は笑い声のような奇妙な音を漏らしながら飛び回っている。

 犬神はただ飛んでいるだけ。何かをしているというわけではない。

 だが……犬神が飛び舞わっているだけで、黒い瘴気のようなものをあちこちにバラまいていた。

 瘴気にあてられ、倒れている人達がどんどん衰弱しているように見える。このままでは、彼らも命を落としてしまうかもしれない。


「助けましょう、弟くん……覚悟はいいですか?」


「モーマンタイ。誰に聞いているんだよ」


 僕は勇者。常在戦場。異世界でひたすら戦い続けた百戦錬磨の戦士だ。

 犬神がどれだけ厄介な存在かは知らないが、この程度の修羅場は何度となく潜り抜けている。


「いつだっていいよ。華音姉さんも気をつけて」


「はい、それじゃあ……行きましょう!」


 華音姉さんの周囲にいくつかの光の玉が現れた。姉さんが術によって使役している式神だ。人魂のような幻想的な光玉が華音姉さんの周囲をプカプカと浮かんで明滅を繰り返す。


「よし……やろうか!」


 僕は気合を入れるように拳で反対側の手のひらを叩き、パシンと乾いた音を鳴らしたのである。






――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます。

よろしければフォロー登録、☆☆☆から評価をお願いします!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る