第14話 狼さんは不良少女⑤


「ナズナさん……!」


 倒れたナズナを見て、少し離れた場所で戦いを見守っていた月白さんが慌てて走ってきた。

 月白さんのために戦って勝利した僕ではなく、敵であるはずのナズナに駆け寄るあたり、やはり彼女達の間には何らかの関係があるのだろう。


「そんな……ナズナさん、しっかりしてください……!」


「心配しなくてもいい。殺してはいないから」


 ナズナを抱き起している月白さんの背中に声をかける。


「一応は学校の先輩だし、月白さんの知り合いだったみたいだからね……それに、この出来損ないの聖剣では相手を殺せないんだ」


 本来、『正義の聖剣』で斬られた相手は粉々に砕け散って消滅するはずである。

 だが……斬られたはずのナズナは気を失っているが、目立った傷はない。剣で斬られた傷口すらもなかった。

 これは条件を捻じ曲げて生み出された『独善の聖剣』の威力が弱く、不完全であるためである。


 この不完全な聖剣には相手を殺せる威力はない。一時的に無力化して、力を封じることしかできなかった。

 ナズナは気を失っているが、目を覚ましてもしばらくは狼の姿に変身することはできないだろう。そのための力は聖剣によって斬り裂かれているのだから。


「威力は弱いけど、敵を殺さずに無力化できるという点では完全な聖剣よりも便利かもしれないね。ほら、彼女にだって怪我はないだろう?」


「そう、ですね……確かに大きな怪我はないようです……」


 月白さんがナズナを抱き起こす。

 人狼から人間の姿に戻ったナズナであったが、服が破れて裸になった上半身には目立った傷はない。

 怪我をしているとすれば、せいぜい打ち身くらいのもの。裸になって改めてわかる大きなおっぱいにも傷が残らなくて何よりである。


「うん……怪我がなくて良かったよ。サイズは華音姉さんの法が大きいけど、こっちのほうがハリがあるような。それに乳首だって……」


「八雲君、いやらしいですよ! あまり見ないでください!」


「あ、ごめん!」


 ナズナの身体をマジマジ眺めていると、月白さんから怒られてしまった。

 月白さんは近くに脱ぎ捨てられていた赤いアウターを持ってきて、ナズナの上半身にかぶせる。


「ナズナさん……結局、戦うことになってしまいました。出来ることなら昔のように仲良くなりたかったのですが……」


「あ、やっぱりそういう関係だったんだ?」


 月白さんの口ぶりにはナズナに対する気安さや親しさが感じられた。

 古なじみの知り合いだとは思っていたのだが……やはり親しい関係だったようである。


「大天狗様が健在だったころは、普通に交流があったし争うことなどなかったんです。私にとっては姉のような存在で良くしてくれたのですが……」


「均衡が崩れて、蜜月の関係も崩れてしまったわけか。ロミオとジュリエットみたいだね」


 僕は肩をすくめて、ナズナのことを抱き起こしている月白さんの肩を叩く。


「争いを回避できなくて申し訳ない。それどころか火に油を注いじゃった気がするけど……話し合いは今からでも遅くはないんじゃないかな?」


 幸いなことに、ナズナは無力化している。

 女神の加護の拡大解釈――『傲慢の聖剣』に斬られたことにより、しばらくは人狼に変化することもできないだろう。

 強引な手段を使ってしまったが……今であれば抵抗されることなく話し合いに持ち込むことができるのではないか。


「そうでしょうか……今からでも、ちゃんと話すことが……」


「出来ねえよ、そんなことは」


「ッ……!?」


 黒い影が奔ってくる。

 僕は咄嗟に剣をかざして、月白さんに襲いかかってくる影をガードする。


「これは……魔法攻撃か!?」


 月白さんに襲いかかってきたのは蛇のように伸びた黒い影である。

 あちらの世界で勇者をやっていた時に何度か目にした『闇魔法』という魔法攻撃とよく似ていた。


「八雲君!?」


「下がっていてくれ、まだどこかに敵が……って、わあっ!?」


「きゃあっ!?」


 背中に月白さんを庇う僕であったが、襲撃者は予想外の場所から現れた。

 頭上に輝くミラーボール。その光によって落ちた陰から黒い革ジャンを着た色黒の男が現れ、ナズナを奪って行ったのである。


「誰だ、お前は!」


 ナズナを奪ったスーツの男……よくよく見てみると、その男は先ほどまでステージの上でギターをかき鳴らして歌っていた黒人男性だった。

 黒い革ジャンを羽織っており、髪はドレッドヘアー。どことなくラテンな空気を感じる30前後の男である。


「オレは、この娘の父親に雇われた者ダ! 悪いが、お嬢さんをヴァンパイア共に渡すわけにはいかナイゼ!」


 男はドレッドヘアーをかき上げながら、カタコトの日本語で宣言したのだった。






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