第11話 狼さんは不良少女②


 店員に案内されて連れていかれた場所は、まさに『クラブ』としか言いようのない場所である。

 いくつかのテーブルが置かれた広い空間。部屋の奥には楽器や音楽機器が置かれた舞台があり、頭上でキラキラとミラーボールが輝きながら回転していた。

 舞台の上ではサングラスを付けた黒人の男性がギターを弾きならし、英語の歌詞で何やら歌っている。


 そして……彼女はそこにいた。

 僕が通っている高校の制服。その上に真っ赤なアウターを羽織っており、スカートは足首に届くほど長い。

 昔のドラマで『スケバン』と呼ばれていたタイプの格好をした金髪の女性が、革張りのソファに座っていた。


「もしかしたら乗り込んでくるかもしれないと思っていたけど、まさか本当に来るなんてね……相変わらずの甘ちゃんぶりだな、真雪」


「ナズナさん…………お久しぶりです」


 ソファに座って冷たい視線を向けてきているのは、やさぐれた雰囲気のある女性だった。制服を着ていなければ同年代とはとても思えない。

 背が高くて、非常にスタイルが良い。化粧をした顔は少なく見積もっても大学生のよう。長いスカートに包まれた脚をテーブルの上に載せており、右手には茶色い液体の入ったグラスを握っている。

 清楚の化身のような月白さんとはあまりにも対照的。いかにも『遊んでいそうな美女』である。


「しかも男連れとは驚かせてくれる。真雪も一丁前に男遊びをする年頃になったんだな……吸血鬼の旦那が知ったら泣くだろうよ」


 その金髪女性は俺と月白さんを交互に見やり、「フフンッ」と鼻を鳴らした。

 どうやら、彼女が人狼ギャングのボスの娘――伏影ナズナのようである。

 ムチッとした身体つきとは裏腹にハスキーな声音をしており、口調も男っぽくて乱暴だった。


 ナズナの周囲には5人ほどの男がいて、ソファに座ることなく立ってこちらを睨んでくる。男達はいずれもスーツを着崩していたり、不自然なアロハシャツだったり……ビックリするくらいにチンピラっぽい。


「ん」


「…………」


 ナズナが上着のポケットからタバコを取り出すと、近くにいた男が無言でライターを差し出してタバコの先端に火を点す。


「ナズナさん……タバコはやめてください。未成年ですよ」


「ハッ、相変わらずの真面目ちゃんだな。法律が改正されて18歳から大人と認められるようになったって知らねえのかよ?」


「飲酒と喫煙の年齢制限は変わっていません。変わらず20歳まで禁止されてますよ。それに……ナズナさんはまだ17歳でしょう?」


「本当に高校生なのか……全然、見えないな。ハタチくらいかと思った」


 思わずつぶやくと、ナズナがジロリとこちらを睨んでくる。


「真雪の男……見ない顔だな。吸血鬼ファミリーにそんな若い構成員がいたのか?」


「彼は吸血鬼ではありません。私のクラスメイト……わざわざ付いてきてくれた友人です」


「友人……ハハッ! 笑わせてくれる。化け物のオレ達に友達なんてできるわけねえだろうが! 心を許すことはできるのは同族だけ。それは人狼も吸血鬼も変わらないはずだろう!?」


 いったい、何が逆鱗に触れたのだろう。

 ナズナは急にヒートアップして、憎々しげに言葉を荒げた。


「人間なんて信用できない! 他の怪物もだ! 信じられるのは同族だけ。この町にはオレ達だけいればいいんだよ!」


「……それが抗争を起こそうとしている理由ですか? 人狼ファミリーが他のファミリーに戦いを挑もうとしていることはわかっています。私のことも拉致しようとしましたよね?」


「さあな、知らねーよ。末端が何をしたところで、オレのところまでは伝わってこない。それよりも……」


「!」


 ナズナは酒らしき液体が入ったグラスを投げつけてくる。

 月城さんの顔にまっすぐ飛んでくるガラスの容器を、俺は右手で叩き落す。


「フンッ! 人間のくせにここまでついてくるだけはある。それなりに良い反応だ。褒めてやるよ!」


「それはどうも……だけど、女の子の顔に物を投げるのは感心しないね。同性だからって許されることじゃないと思うけど?」


「知るかよ。怪我したくなかったらこんなところに来なきゃよかったんだ」


 ナズナはテーブルの上に載せていた脚を下ろし、パンパンと両手を叩く。


「敵陣に乗り込んでタダで済むなんて思ってねえよな! 大人しく捕まるなら命までは取らないけど、抵抗するなら……」


 ナズナの周囲にいた5人の男が前に進み出てくる。

 男達がスーツやシャツの上着を脱ぎ捨てると……彼らの姿が見る見るうちに変貌していく。


『アオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』


 そこにいたのは人間の胴体に狼の頭部を持った怪物――狼男である。

 狼の姿に変貌した男達が、両手の爪を構えてジリジリと距離を詰めてきた。


「待ってください、ナズナさん! 私は話し合いに来たのです! 無駄に血を流すことなんてありません。どうか矛を収めて……」


「だったら、アンタらが無条件降伏すればいい! 吸血鬼も夢魔も大人しくオレ達に屈服すれば争い事は怒らない! アンタの望みどおりに平和になるだろうよ!」


『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


「きゃっ!」


 5人の狼男が一斉に飛びかかってきた。

 床を蹴り、ミラーボールの虹色の光を浴びながら月白さんめがけて襲いかかってくる。


「あ……」


 月白さんは抵抗しない。彼女の瞳には未練が浮かんでおり、まだ平和的な解決を諦めていないようだ。


「立派だね…………悲しくなるほどに」


 僕は溜息をついて、月白さんを庇って前に出た。


「八雲君……!」


「君は悪くない。だけど……交渉フェーズはここまでじゃないかな」


『ギャンッ!?』


 真っ先に飛びかかってきた狼男のアゴを蹴り上げた。痛烈な打撃を喰らった狼男は情報に吹っ飛び、そのまま頭で天井を突き破る。


「向こうの世界にもいたよ。月白さんみたいな誰の目から見ても善人に見える人が」


 僕はかつて異世界で冒険していた際に出会った人々を思い出す。

 勇者の力を利用しようとする連中、悪意を向けてくる連中も多かったが……中には善人だっていた。


 魔族との戦いをやめさせようとしていた人。

 亜人差別を廃止しようとしていた人。

 国同士の戦争を話し合いで解決しようとしていた人。

 血を流すべきではない。敵も味方も傷つかないで欲しい……そんなことをひたすら訴えていた人たちは、異世界にもいた。


「だけど……彼らはみんな死んでいった。嫌な奴ばっかりが生き残って、心がきれいな人達は消えていった」


『ガウッ!』


 僕は憂いを込めてつぶやき、爪で斬りつけてきた狼男の腕を受け止める。

 そのまま相手の勢いを殺すことなくクルリと回転して、別の狼男に向けて投げ飛ばす。


『ギャッ!』


『キャウンッ!』


「だから……僕は君を見捨てないよ。君みたいな心のきれいな人が争いを望んでいる人に踏みにじられるなんて、もう見たくはないからね」


『グルルル……!』


 仲間を倒されたことにより、残る2体の狼男が警戒して距離を取る。

 低いうなり声を上げて、犬歯をむき出しにして威嚇してきた。

 僕はそんな狼男らを無視して、彼らの向こうにいる伏影ナズナにビシリと指を突きつけた。


「吸血鬼とか人狼とか関係なく、人間である僕は月白さんに味方をさせてもらうよ。いくらおっぱいの大きな美人さんとはいえ、彼女を傷つけるのなら容赦はしない。ヤンチャな犬は躾してやるから覚悟しな!」






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