第9話 僕が美少女と通学しているワケ④
こうして、僕はこの町を舞台に起こっている怪物ファミリーの抗争に首を突っ込むことになった。
事件の渦中に足を踏み入れるにあたり、僕が最初に行ったのは月白さんの護衛である。
月白さんが敵に攫われてしまえば……その時点で詰み。もはや取り返しのつかないことになってしまう。
彼女の父親である吸血鬼ファミリーのボスが人質を取られたことで降伏するか、徹底抗戦を選ぶかはわからない。だが……どちらにせよ、抗争はさらに激化してしまう可能性がある。
「申し訳ありません……父に相談すればすぐにでも護衛を用意してもらえるのですが、かえって火に油を注ぐことになる可能性があるのです」
驚くべきことだが、月白さんのお父さんは娘が襲撃を受けていることを知らないらしい。
月白さんは護衛や付き人を付けようとする父親の提案を断り続けており、あえて自分を危険にさらしていたのだ。
「父も他のファミリーのボスほどではありませんが、抗争には積極的なのです。私が襲われていることを知れば、確実に報復のために動くでしょう。危険な目に遭っていることを隠すため、わざと一人で登下校をしているのですが……」
「それで襲撃されたら意味ないよね?」
「……まったくもってその通りです。見通しが甘かったらしく、助けてくれた八雲君には本当に感謝しております」
月白さんは上品に笑いながら、さらに説明を付け足す。
「人狼ファミリーが私を捕まえようとしているのは、吸血鬼ファミリーはもちろん、夢魔ファミリーに対してもアドバンデージを取るためです。人狼は吸血鬼に強く、吸血鬼は夢魔に強い。そして、夢魔は人狼に強い……この三竦みを解消するために吸血鬼ファミリーを支配下に置きたいのでしょう」
3つのファミリーが水面下で争いながらも全面戦争に至っていないのは、三竦みによる複雑な相性があるからだった。
うかつに戦争をして他のファミリーを滅ぼせば、他のファミリーによって滅ぼされることになる。
ゆえに、人狼ファミリーは吸血鬼ファミリーと戦争をするのではなく、月白さんを攫って人質にしようとしているのだ。
「抗争を止めることができるとしたら……人狼ファミリー、夢魔ファミリー、それぞれのボスの娘を説得するのが良いと思います。幸いなことに、娘はみんな学校に在学していますから」
そんな話し合いの結果……月白さんのボディーガードをしながら他のファミリーのボスの娘と接触し、抗争を止めるために説得を試みることになった。
果たして、怪物のギャングのボス……その娘とはどのような人物なのだろうか?
◇ ◇ ◇
こうして、僕は月白さんの護衛として一緒に登下校をするようになった。
その日も僕はいつものように月白さんを家まで迎えに行き、並んで一緒に登校していた。
幸いなことに月白さんの家はそこまで遠くはない。少し遠回りして、5分程度のロスで学校に行ける程度の距離である。
夜明け近くまで風夏から説教されていたせいでかなり眠かったが……勇者として活動していたころには、夜通し盗賊と戦ったこともある。そこまでキツイというわけではない。
どちらかと言うと、四姉妹に内緒でクラスの女子と通学していることの方に心が痛くなってしまう。
4人に怪物ギャングについて事情は話していない。話すつもりもなかった。
四姉妹の秘密を知っているとはいえ、否、知っているからこそ相談することはできない。
みんなそれぞれの事情で忙しいのだ。僕が勝手に首を突っ込んだ問題ごとに巻き込みたくはなかった。
たぶん、秘密にしていたことがバレたら怒られるのだろう。
またペナルティを課せられる可能性があるが……それは甘んじて受け入れるしかなかった。
「それじゃあ……今日のことを話そうか。今日は人狼ファミリーの娘さんと接触するんだよね?」
「……はい。彼女をどうにかして説得して、抗争を回避できないかお願いしたいと思っています」
僕の問いに月白さんが重々しく頷いた。
月白さんの目的はこの町にいる3つの怪物ギャングの抗争を止めること。
そのためには、特に好戦的で月白さんのことを拉致して人質にしようとしている人狼ギャングとの接触は避けられない。
「人狼ギャングのボス……その娘は3年生の先輩で
「伏影って……ひょっとして、学園三大美女の伏影先輩?」
面識はない。それでも名前には聞き覚えがあった。
伏影ナズナは月白さんと並び称される学園三大美女の一角。
3年生の先輩であり、背が高くて意思の強そうな顔立ちから『鋼鉄の女』などと称されている女傑だった。
「まさかあの伏影ナズナが人狼だったなんて……いや、イメージとしてはそう遠くもないけどさ」
「学園三大美女というのが何のことはか知りませんが……彼女が人狼であり、人狼ファミリーのボスの一人娘であることは間違いありません。何度か話したことがありますし、実際に狼の姿に変身するところだって見たことがありますから」
「へえ……それは見てみたいような、見るのが怖いような」
伏影ナズナのことは遠くから見たことがあるが、ヤンキーっぽいというか、少し怖いタイプの美人さんだった。
眺めている分には眼福だが……正直、あまり関わり合いになりたくはない。
「……まあ、彼女を説得するしか抗争を回避する方法がないというのなら、やるしかないか。頑張って狼さんを口説き落とすとしよう」
溜息をつきながらも、僕は伏影ナズナと接触する覚悟を決めた。
そんな会話をしているうちに、学校が近づいてきて周囲に登校中の生徒が増えてくる。
一目が多くなってきたし、さすがにここから襲撃を受けることはないだろう。僕はさりげなく月白さんと距離を取った。
「それじゃあ……クラスメイトに見られたら面倒だし、また放課後にということで」
「私は別にみられても構わないのですが……どうして、わざわざ離れて登校するのでしょう?」
月白さんが不思議そうに首を傾げる。
彼女は自分がどれだけ周囲から耳目を集めているかわかっていないのだろう。
学園三大美女に数えられている月白さんは、常に大勢の男子から注目を浴びている。
そんな彼女が冴えない男子高校生代表である僕と並んで登校しているところを見られたりしたら、騒ぎ立てる人間が確実に出てくる。
嫉妬して絡んでくるクラスの男子を思い浮かべ、僕は肩をすくめた。
「野郎の妬みを舐めちゃいけない。男ってのは、時に女の人よりもずっと陰湿になるものなんだよ?」
「はあ、そうなんですか?」
「そうなんですよ……っと」
よくわかっていないのだろう。曖昧な返事をする月白さんから視線を逸らした。
僕は「たまたま通学路で一緒になった」ことを装って、周囲にいる他の生徒からの目を誤魔化したのである。
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