第7話 僕が美少女と通学しているワケ②


 時間は少しだけ、さかのぼる。


 月白真雪は吸血鬼である。

 僕がその事実を知らされたのは、1週間前に襲われていた彼女を助けた直後のこと。

 その時も月白さんは狼男のような怪物に襲われており、高校に通学途中だった僕がそれを助けたのである。


「さあ、上がって。遠慮せずに寛いでいいから」


「はい……失礼します」


 玄関を開けて、自宅に月白さんを招き入れる。

 朝の通学路で襲われていた月白さんを助けた僕は、そのまま彼女を自宅へと連れて帰ってきた。最近はほとんど日下部家の家で寝泊まりしているため、自宅に帰ってきたのは何気に久しぶりだったりする。


 独り暮らしの家に女の子を連れ込んだりしたらお隣さんがうるさそうだが、今日は四姉妹はこぞって留守にしている。

 義務教育の三女と四女はもちろん学校。長女は仕事で出かける用事があると朝食の席で話していた。

 問題は次女なのだが……こちらは大学の講義は休みらしく、隣家にいるはずである。

 しかし、飛鳥姉は大学が休みの日は昼まで起きないため、高校をズル休みして女子と密会しても見咎められることはないだろう。


「ウチにお客さんなんて久しぶりだな。兄貴が死んで以来か」


「お兄さん、お亡くなりになったんですか?」


「1年前にね。ウチは両親もいないから独り暮らしなんだよ……あ、別に変なことをする気はないから安心してくれ!」


 僕は慌てて両手を振った。

 日下部家に入り浸っていて感覚が麻痺していたが、家族のいない自宅に女子を招き入れるなんて結構な事件ではないか。


 クラスメイトの女子を家に連れてくるなんて小学校以来。もちろん、下心から招いたわけではない。

 月白さんは狼男のような怪物に襲われていたのだ。人外のクリーチャーに襲われていた女子を普通に学校にやるわけにはいかなかった。

 狼男の爪で斬られたのか、月白さんが着ている制服のスカートは破れて太腿が見えていたりする。

 月白さんのような美少女が性犯罪の被害者みたいな恰好で学校に行けば、とんでもない騒ぎになるに違いない。そう思ったから自宅に連れてきたのである。


「ええっと……とりあえずリビングで待っててくれるかな? スカートはないけど、ズボンとかあるから持ってくるよ」


「あ、お構いせずとも大丈夫です。体育で使うジャージを持ってますから、後で着替えますので」


「え、そう? だったら良いんだけど」


「はい……そんなことよりも先ほどは危ういところを助けてもらい、ありがとうございます。おかげで何事もなく済みました」


 月城さんがペコリと頭を下げた。

 艶々とした美しい黒髪が滝のように下に流れる。


「女の子がスカートを破られたのを「何事もない」とは言わないと思うけどね……それで、君は僕に事情を話すつもりはあるのかな?」


「それは……」


 月白さんは視線をさまよわせて逡巡するような仕草を見せた。

 どうやら、彼女もまた何かしらの秘密を抱えているようだ。僕は無理に聞き出すことなく、月白さんをリビングの椅子に座らせる。


「別に無理して話さなくてもいいよ。気がついていると思うけど、僕も普通の高校生とは言いづらい事情があるから」


「やっぱり……貴方だったんですね。あの夜、私を助けてくれたのは」


「あの夜……? ああ、思い出した。そういえば駅前で助けたっけか?」


 僕は異世界から帰ってきた夜に、駅前で不良に襲われかけている月白さんを助けていた。

 パーカーで顔を隠していたため気がつかれていないと思っていたが……今回の件で芋ずる式にバレてしまったらしい。


「校舎裏で絡まれていた時にも助けてもらいましたし、これで八雲君に救われるのは3度目です。三度みたび危ういところを救われておいて、事情を話さないなどという無礼はいたしません。全てお話します」


 月白さんはリビングの椅子に座ったまま居住まいを正し、「スウッ」と息を吸う。


「私は吸血鬼です。厳密には吸血鬼を祖先に持つ混血児です」


「…………」


 僕は黙り込む。

 黙り込んで月白さんの言葉の意味をたっぷりと咀嚼して……


「あれ? それだけ?」


「え……それだけとは?」


「いや、宇宙がどうとか異世界がどうとか、秘密結社による世界征服とか……そういう話はないのかな?」


「ええっと……驚かないのですか?」


「うーん……ごめん。あんまりビックリはしてないかな?」


 四姉妹の秘密を知った後だからか、月白さんが吸血鬼であると聞かされても驚きはなかった。むしろ、「あ、だからそんなに美人なんだ。おまけに色白だもんね」と納得した心境ですらある。

 異世界には血を吸うモンスターはいたし、『リビングデッド』という人間と変わらない姿のアンデッドもいた。さほど驚きはなかった。


「そうなのですか……やはり八雲君は豪胆なのですね」


「豪胆というか……単なる経験かな? 非現実的な事件にちょっとだけ慣れていてね? 耐性がついているんだよ」


「なるほど……ですが、これから先の話は驚くと思います。この町には私以外にも人外の一族が暮らしているのです。『人狼』、『夢魔』、そして『天狗』の一族がそれぞれ暮らしています」


「へ……?」


 それは確かに驚きの情報である。

 子供の頃から暮らしていた町に4種類もの人外の一族が存在していたなんて、驚くべきことだろう。

 それだけで1本マンガが描けてしまいそうな設定である。


「吸血鬼に人狼、夢魔、そんでもって天狗ね……なんとなくだけど、天狗だけちょっと場違いっぽい気がするね? それだけ日本の妖怪だし」


「はい、より正確に言うのであれば、この土地には元々、天狗の一族だけが住んでいたのです。他の3つの怪物は後から移住してきたもの。町に住む人間を傷つけないことを条件にして移り住むことが許された者達なのです」


「ふーん……続けて?」


「私の……吸血鬼の一族はかつて大きな戦いに敗れ、生き残った者達の一部がこの地まで流れてきたのです。天狗の頭領に頭を下げ、配下となることを条件にして匿ってもらいました。人狼と夢魔の一族も似たようなものです。4つの一族は争うことなく共存し、今日まで隠れ潜んできました。ですが……」


 月白さんはグッと奥歯を噛みしめ、端正な表情を歪める。


「数年前、天狗の一族の頭領が亡くなったことがきっかけで均衡が崩れました。千年を生きている古の大妖怪を失ったことがきっかけとなり、他の3つの一族が争うようになったのです」


「争うって……随分と物騒な話だな。まさか戦争でもしているのか?」


「まだそこまでは。ですが……このままでは本当に戦争に発展するかもしれません」


 月白さんは僕の言葉を肯定して、血を吐くような表情で断言する。


「町の裏社会を支配する3つの一族……つまりは怪物のギャングです。この町では3つのギャングが争い、抗争が勃発しかけている真っただ中なのです!」

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