第44話 日下部さん家の四姉妹①

 僕――八雲勇治にとって、家族というのは金銀財宝や宝石よりもずっと大切なものである。

 僕は物心がつくよりも前におり、兄が唯一の家族だった。法律上の親権者である親戚はいたものの、彼らは僕と兄に積極的に関わり合いになることはしない。必要であれば名前を貸してくれる程度の情や義理はあるものの、自分達の家に兄弟を引き取ることはしなかった。


 僕と兄は両親の遺産を使って、2人で助け合うようにして生きてきた。そんな僕が『家族』というものに対して強い憧れを抱くことは自然なことである。

 不思議なことに……本当に大切なものというのは、持っている人間よりも持っていない人間のほうが価値がわかっているものだ。家族がいる人間よりも、いない人間のほうがそのありがたみは理解できる。

 兄に対して不満はなかったが……女の家族、母親や姉妹に対して憧れを持っていた。


 そんな僕が12歳の頃、両親と暮らしていたマンションから出て、亡くなった祖父母の家に引っ越すことになる。

 そして、兄が相続した家の隣には、自分達と同じような境遇の姉妹が住んでいたのだ。


 日下部家の四姉妹。

 彼女達は僕がずっと求めていたもの、憧れていたものであり、理想としていた家族そのものだったのである。



     〇          〇          〇



「プハアッ!? し、死ぬかと思った!」


 謎の襲撃者によって心臓を貫かれた僕は、数十秒後に復活した。

 あと少しでヤバかった。もう終わりかと思った。


 突如として……何の前触れもなく銀色の短剣が現れて心臓を貫かれてしまった。

 全く感知できなかった。警戒していなかったとはいえ、勇者として世界を救った僕がまさか一撃でやられてしまうとは不覚である。


「……日本に帰ってきて日和ってたかな? わりと色んな事件に巻き込まれて神経は研ぎ澄ましていたはずだけど」


 とはいえ……日常的に魔族の襲撃を警戒しなければいけなかったあの頃と比べると、どうしても気が緩んでいたようだ。

 まさかたったの一撃で絶命とは……文字通りに致命的な失態だった。


 心臓を貫かれながら僕が生き延びた理由は、もちろん女神の加護である。


 七つの加護の1つ――『希望の天錫モード·アリエル

 いつの間にか僕の右手には大きな十字架のような金属製の杖が握られている。

 エジプトの壁画に出てくる王様とか神官が持ってそうな杖は、『死からの再生』という効力がある神器だった。

 この加護の使用条件は文字通りに死ぬこと。『死』と引き換えにしてあらゆる怪我を治癒、消耗した体力や魔力なども全回復することができる。


「ま……俺は魔力はほとんどないから関係ないけどね」


 魔力がない僕では、全回復の効果も半減である。

 おまけに、復活には死んでから1分程度の時間を要するし、復活中に身体を粉々にされたり、燃やされたりしたら復活は失敗してしまう。

 使い勝手が悪いこと極まりない加護である。女神様ももうちょっと配慮して欲しいものだ。


「よし……回復完了!」


 立ち上がって、自分の身体の状況を確認する。

 うん、身体はすっかり良くなっている。制服の胸元は破けたままだが……あ、胸ポケットに入れていたスマホが壊れてしまった。

 貯金があるから買い替える分には問題ないが……姉と妹からのメールやメッセージのデータが消えてしまったことはちょっと悲しい。


「いったい誰に殺されたんだ? いや、そんなことよりも……美月ちゃんはどこに行ったんだ?」


 隣に座っていたはずの美月ちゃんがいなくなっている。

 逃げ出したのならば構わないのだが……ひょっとしたら、襲撃者に連れ去られてしまったのかもしれない。

 敵は美月ちゃんと敵対しているという悪魔軍か。それとも、別の正体不明の敵なのか。


「探さなくちゃ……! 可愛い妹にもしものことがあったら、僕は……!」


 同時に、少し離れた場所でチュドンと爆発が生じる。

 数十メートルほど離れた場所で、赤黒い雲が空に上がった。


「アレはまさか……!」


 間違いない。

 あそこに美月ちゃんがいるに違いない。


 僕はすぐさま走り出して、爆発がした方向へと走っていった。


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