第40話 四女はエッチな悪魔ちゃん④
月白さんを助けて時間を消耗してしまったものの、急げばまだ間に合うはず。
そう思っていたのだが……急いでいる時に限って、アクシデントは起こるものである。
「誰か! AEDを、それに救急車を呼んでください!」
途中で心臓発作を起こして倒れている老人を救助することになり。
「引ったくりよおおおおおっ! 誰か、捕まえてええええっ!」
女性のバッグを奪って逃げる引ったくりを捕まえることになり、
「大変だ! 野生のイノシシが人を襲っているぞ!」
女性に襲いかかっているイノシシに脳天唐竹割を叩き込むことになり、
「君、良い走りだね! ウチの大学の陸上部に入らないかい!?」
急いで走っていたところを謎のスカウトマンに妨害されることになり、
「あなたは神を信じますかあ? 今、ダゴン教団に入信するともれなく聖書とロザリオをプレゼントしまーす」
謎の外国人女性シスターに追いすがられ、余計な時間を食ってしまったり、
とにかく、どうして今なんだというアクシデントが次から次へと巻き起こり、僕が小学校に向かうのを妨げてきた。
それでも身体強化するスキルを駆使して全力疾走をして、5限目の授業開始から20分程経った頃合いに小学校に到着することに成功した。
校舎の入口で事前に送られていた入校許可証を提出して、廊下に置かれた案内板に従って美月ちゃんのクラスに向かう。
すでに授業は始まっていた。
開け放たれている教室後ろの入口から入ると、30人ほどの生徒が黒板を向いて授業を受けている。教室の後方には保護者が立って授業風景を見学していた。
「…………」
足音を立てないようにそっと教室に入ると、保護者の何人かがこちらに気がついて怪訝な顔になる。どうやら、明らかに学生である僕が現れたことに驚いているようだ。
保護者らの視線を無視して教室を見回すと、机に座った生徒らがやや緊張した面持ちで授業を受けている。親の目を意識して積極的に手を挙げている子供もいれば、逆にうつむいて固まってしまっている子供もいた。
そして、我らが美月ちゃんはというと……教室の窓側の席でぼんやりと黒板を見つめていた。相変わらずの無表情。覇気のない瞳である。
しかし、ふと振り返って僕と目が合うと、一瞬だけ大きく瞳を見開いて、ニュッと唇を尖らせた。
普段から人形のように顔色を変えることのない美月ちゃんにしては、珍しい表情の変化である。
「…………?」
美月ちゃんはすぐに顔を黒板のほうに戻してしまったが……ひょっとすると、遅れてきたことを怒っているのだろうか?
「はい、この問題の答えがわかる子はいるかしら?」
「はい!」
「わかるー!」
黒板の前に立った女性教師が大きな声で訊ねた。
何人かの小学生らが手を挙げて、積極的にアピールをする。
「ん……わかる」
同時に、美月ちゃんが小さく声を漏らして挙手をする。チラリとこちらを振り返ってくるが……どうやら、僕に向かってアピールしているようだ。
可愛いらしく手を伸ばしている妹分の少女を見て、ほっこりと胸が温かくなってくる。
「へ……?」
そんな美月ちゃんの愛らしい姿に、何故か女性教師がギョッとした顔になって肩を震わせた。
「く、日下部さん!?」
「そんな……美月が自分から手を挙げるなんて!?」
「嘘だろ!? 天変地異の前触れかよ!」
「日下部が誰かに言われる前に自分から動くなんて……初めて見た」
女性教師のみならず、生徒らからもどよめきが生じる。
保護者参観会の独自の雰囲気に包まれていた教室の空気が、美月ちゃんの行動だけで一変する。
「え? どういうこと?」
そんな教室の変化にこっちまで動揺してしまう。
ひょっとして、美月ちゃんが自分から挙手をすることがそんなに珍しい事なのだろうか?
確かに……家でもぼんやりしていることが多くて、自分から意思を外に出すことは珍しい子だけど。
「そこまでかよ……みんな、テンパり過ぎじゃないか?」
ザワザワと動揺収まらぬ教室に、非難がましい気持ちになってつぶやいてしまう。
確かに美月ちゃんは表情に乏しい。親しくない者には完全な無表情に見えることだろう。
だけど……まったく意思表示がないかと訊かれたらそうでもない。夕飯の時には嫌いなおかずを押しつけてこようとするし、テレビゲームで負けたら不機嫌になる。好きなお菓子を買ってあげたら表情は変わらずとも、腰に抱き着いてきて喜びを表現する。
まるで人形が動き出したようなリアクションをされるのは、さすがに心外だった。
「そ、それじゃあ日下部さん。答え、わかるかしら?」
「とうぜん」
女性教師が恐る恐るといったふうに尋ねると、美月ちゃんはコクリと頷いて黒板の前まで歩いていく。白のチョークを手に取り、サラサラと綺麗に整った文字を板状に
今は数学というか算数の授業だったのだが、美月ちゃんは理路整然と問題を解いた。
「せ、正解です。よくできましたね」
「……えへん」
女性教師が称えると、美月ちゃんは僕の方を振り返って両手に腰をあてた。なだらかな胸を張って軽く身体を逸らしてくる。どうやら、問題を解いたことを誇っているようだ。
僕はうんうんと頷いて、音を立てずに拍手するようなアクションで美月ちゃんを褒めてあげる。
「そんな……! あの日下部さんがこんなに自分を表現するなんて……!」
女性教師が感極まったような口調でつぶやいている。遠目ではあるが瞳には涙まで光っているのが見えた。
保護者参観はそんなふうに奇妙などよめきを生じさせながら過ぎていく。
美月ちゃんは何度も挙手をして自分の存在を積極的にアピールして、女性教師やクラスメイトから驚きの視線を集めるのであった。
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