第24話 長女は美人な陰陽師⑥


「弟くん!? 前に出たらダメッ!」


「いいから、華音姉さんはそのままでいてくれ」


「でも……!」


 狛老鬼との間に割って入った僕に、華音姉さんが慌てて叫んでくる。

 だが……僕とて譲るつもりはない。姉の身体を盾にして生き残るなんて、『勇者』としても『弟』としても失格じゃないか。


「僕はあなたという母鳥に守られて生きてきた。そして、これからその巣から飛び立っていく! お願いだからそのまま見守っていてくれ!」


「…………!」


 僕の意思が伝わったのか、華音姉さんが押し黙った。

 その隙を見計らい、僕は女神から授かった『加護』の武器を発動させる。


「『慈愛の弓矢』!」


「え……?」


 加護を発動させた瞬間、華音姉さんの身体に刻まれていた傷が残らず消失した。

 まるで最初から傷などなかったかのように、服や雪を汚していた血痕すらも消え去っている。


「痛っ……!」


「弟くんっ!?」


 だが……華音姉さんの身体から傷が消えたのと同時に、僕の身体に裂傷が出現する。

 傷の位置は華音姉さんが負っていたのと同じ場所。つまり、僕が姉さんのダメージを肩代わりしたことになる。


「弟くん! まさか……!」


「大丈夫。のーまんたーい」


 そう……まったくもって、問題ない。

 この武器は、女神の加護の中でもっとも嫌っていたもの。他人の傷を肩代わりすることが発動条件となる、何とも使いづらい武器だった。


「異世界で見知らぬ他人のためにコレを使うのは納得いかなかったけど……愛する姉さんのためだったら、いくらだって傷を負ってやるさ!」


「弟くん……」


「そんなわけで……華音姉さんの敵は僕の敵。結局、妖魔とか妖怪とか言われても知らないけど……そのまま消えてろよ!」


『マサキ、ダノモニナ! ノミカノイカイカサマ……!?』


「何言ってんのかわかんねえよ! 『ペインチャージ』!」


 純白の弓。そこに番えられているのは対照的に真紅の矢だった。

 それは僕の痛みを結晶化した矢。他者の痛みを肩代わりして、それを何十倍にも増幅させて撃ち放つ技である。


 僕の手から放たれた弓矢がまっすぐに狛老鬼に向かって突き進む。

 狛老鬼とて黙って殺られはしない。弓矢に氷柱をぶつけてきたり、氷の壁を出現させたり……どうにかして弓矢を止めようとする。


 だが、その努力はまるで実ることはない。

 当然だ。この加護は受けた痛みを返すもの。痛みを生み出した本人である狛老鬼はどう足掻いてもその力から逃れることはできないのだから。


『オオオオオオオオオオオオオオオロメヤッ!?』


 真紅の弓矢が狛老鬼の身体の中心を貫いた。

 狛老鬼の胴体に大きな穴が穿たれ、その身体がサラサラと砂のように崩れていく。


『ガシタワノコ、ナカバ……』


 何事かをつぶやいて、狛老鬼が雪の結晶となって消滅する。

 周囲に広がっていた雪原が消え失せていき、代わりに現れたのは見慣れた町の風景。僕が雪原に来る直前にいた高校の校門だった。

 空を見上げるとすっかり夜になっており……周囲には人影の1つもなかった。


「帰ってきたのか……?」


 ピロリンとポケットの中で音が鳴る。

 スマホを取り出すと、風夏と飛鳥姉からMINEのメッセージが届いていた。


『何やってるの! お姉ちゃんと一緒なの!?』


『ちゃんと連絡しなさーい!』


『おーい!』


『え、ひょっとして2人でお泊りするつもり!?』


『未読スルーやめろ!』


 などと十数件ものメッセージが届いていた。

 時間を確認してみると、どうやら夜の10時を過ぎており、確かに無断で帰宅が遅れるには心配される時間である。


「弟くん! しっかりして!」


「わっ!?」


「怪我はない!? 痛いところは!?」


 華音姉さんが飛び込むように抱き着いてきて、僕の身体をペタペタと触る。

『慈愛の弓矢』によって肩代わりした傷であったが、狛老鬼に『痛み』を返したことによって残らず治癒されている。すでに怪我はなかった。


「よかった……弟くんが無事で本当に良かった……」


「それはこっちのセリフですよ。華音姉さん」


 心配したのはこっちだって同じだ。

 目の前で姉が自分を庇って怪我をしたのだ。心臓がつぶれるかと思うくらいに心配した。


「華音姉さん。姉さんと兄貴の間に何があったのかは知りませんけど……あなたが僕に対して罪の意識を感じる必要はありません。何かの責任を感じているのなら、それはこれで終わりにしてください」


「弟くん……でも……」


「僕はあなたの弟です。家族だから助けたいというのなら嬉しいですけど、その理由が愛情じゃなくて罪悪感だったら、ちょっと傷つきますよ?」


 僕は華音姉さんの身体を抱きしめて、首元に顔を埋めた。


「兄貴だって姉さん自分を犠牲にするのは望んでません。お願いだから、僕のことは『兄貴の弟』としてじゃなくて、ちゃんと『八雲勇治』として見てください」


「弟くん……こんなに大きくなって……!」


 華音姉さんが感極まったように身体を震わせた。

 了解も否定も、返答はもらえなかったが……たぶんわかってもらえたと思う。

 華音姉さんが兄貴のことで僕に罪悪感を覚えて、率先して自分を犠牲にすることはもうないはずだ。


「ところで……僕達って、これからどうすればいいんですかね?」


 温かく、柔らかな感触に包まれながら……僕はポツリとつぶやく。


 忘れているかもしれないが、僕達はあの庵で服を脱いで乾かしている最中に襲撃を受けた。

 つまり、僕も華音姉さんも一糸纏わぬ全裸になっている。


「この格好で、どうやって帰ればいいんだろうね?」


 途方に暮れたようにつぶやきながら……僕は今日のご褒美だとばかりに、華音姉さんを抱擁する腕の力を強めるのであった。


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