第18話 三女は可愛いサイキッカー⑩


「もう、遅かったじゃないですか! 帰りが遅くなるのなら、ちゃんと連絡してくれないとお姉ちゃん心配して……ってどうしたのかしら。2人とも?」


「「別に……」」


 日下部家に帰宅した僕と風夏は、玄関で出迎えてくれたエプロン姿の華音姉さんに異口同音で答えた。

 僕は頬に大きなモミジマークを飾って憮然としており、風夏は拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向いている。


 あれから、敵の攻撃によって発情状態に陥ってしまった風夏の治療を試みた。

 毒とも状態異常とも違う状況になった風夏を救うために僕が用いた方法は……彼女の性欲を発散してあげることである。

 発情状態は生物としておかしな状態というわけではないため、スキルや薬で治療することはできない。それを元に戻すには、発情の原因である性欲を解消してあげることしかなかった。

 修行を積んだ高僧並の自制心があれば自力で発情状態に耐えることができるかもしれないが……そんな精神力をただの女子中学生に期待するのは酷である。

 放っておけば発狂してしまう恐れもあるし、僕がとった行動は最善のものだと確信していた。


『な、ななななななっ! 何するのよ、この変態っ!』


 とはいえ……理性的な判断が必ずしも感情で生きる人間に受け入れられるかどうかと訊かれれば、残念ながらそうではない。

 治療のために僕にあちこち身体を触られまくった風夏は、正気に戻るや渾身のビンタを繰り出してきたのである。

 あれは仕方がないことだったし、そもそも本番をしたわけでもないのだから怒られる筋合いはないはずなのだが……非常に納得がいかない。


「2人ともケンカしちゃったのかしら? 仲良くしないとダメですよ、私たちは家族なんですからねー」


「…………わかってるわよ。もう怒ってないから」


 たしなめてくる華音さんにプイッと顔を逸らしながら応えて、風夏は「着替えてくる」と言い残して階段を上っていこうとする。

 僕は納得できない感情に軽くイラつきながらその背中を見送るが……階段の中ほどで風夏が振り返り、僕を見下ろしてくる。


「……今日のことは絶対に責任とってもらうからね! 覚悟しておきなさいよね!」


「せ、責任?」


「フンッだ!」


 とんでもない爆弾を上から投下して、風夏はさっさと自分の部屋に戻ってしまった。

 僕は玄関で靴を脱ぐのも忘れて呆然と立ちすくんでしまう。


「あらあら? 今夜はお赤飯にした方が良かったかしら?」


「……勘弁してくれよ。そういう色っぽいことじゃないから」


「わかってる、わかってる。お姉ちゃんは弟くんのことは何でもお見通しですからねー」


「ムグッ!?」


 などと言いながら、華音姉さんは僕の頭をムギュッと抱き寄せてきた。

 全人類の幸せの象徴。母性の塊。豊満な、それはもう柔らかな乳房に顔面が包み込まれる。


「ね、姉さんっ!?」


「わかってますよー。弟くんが風夏のためにいっぱい頑張ってくれたことは。そうじゃなかったら、あの子があんなに嬉しそうな顔をするわけがないですから」


「嬉しそうな……?」


 そんな顔をしていただろうか。

 怒っていたというか拗ねていたというか、とんでもなく不機嫌な表情をしていたように見えたのだが。


「お姉ちゃんはお見通しですよー。風夏ちゃんのあの顔は……危ないことに巻き込まれた結果として気になっている男の子にエッチなことをされてしまったことが恥ずかしくて仕方がないけれど、その男の子が自分のために頑張ってくれたことが嬉しくて、だけど羞恥が勝って素直に喜びを表現もできなくて、それでいて既成事実を作ったことで将来的に弱みを握ることができたのかもしれない。恥ずかしやったあ、しめしめ……という顔をしていました」


「アンタも超能力者か!?」


 風夏が本当にそんなことを考えていたかどうかはともかくとして、おおよそ的中しているような気がする。いや、どこで見てたんだよって感じだ。


「さあさあ、手を洗ってきてください。さっそく晩御飯にしましょうねー」


「ういっす……」


 どこか釈然としない気持ちになりつつも、僕は言われたとおりに洗面台に向かった。


 ダイニングについてすぐに私服に着替えた風夏が2階から降りてくる。

 僕と顔を合わせるや頬を赤く染める風夏であったが、とりあえずもう怒っていないらしく、何事もないかのように自分のイスに座る。


「遅かったわね。待ちくたびれちゃった」


「ん……」


 すでに食卓には華音姉さんだけではなく、飛鳥姉や美月ちゃんが僕たちがやってくるのを待っていた。

 もう午後8時を過ぎているというのに、僕達が帰ってくるまで待っていてくれたようだ。


「いただきます!」


 今日の晩御飯はハンバーグ。華音姉さんの得意料理だ。

 申し訳なくも嬉しい気持ちになりながら……僕は華音姉さんの絶品料理に舌鼓を打った。


 僕の可愛いツンデレ妹分――日下部風夏の秘密をめぐる物語は、とりあえず・・・・・幕を下ろしたのである。






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