第二十話 部外者
ショッピングからの帰宅後、ギルバートはマーリンに呼び出されてまた何やら小言を言われていた。どうやら今度は素材部屋の整理がちゃんと出来ていなかったようで、蓋の閉めが甘かった資材が一つパァになったようだ。マーリンから思いっきりビンタされているギルバートを見たのはさすがに驚いたが、今回のローズはそれを見ても知らん顔をした。ギルはあなたの事が嫌いよ。どうしても、その言葉が胸に引っかかって取れなかったからだ。
そうして夕方になると、ウィリアムがローズを迎えにきた。ローズは買ってもらった帽子を被って、玄関で父親を出迎えた。
「みて、パパ! ボウシをかってもらったの! わたしがえらんだのよ!」
帽子には短いツバがあって、こめかみの辺りに悪魔のような黒く小さなツノが二つくっついている。ウィリアムはそれを複雑な顔で見つめた。
「……ローズ、もっと可愛いのもあったろ?」
可愛いじゃないか! 特にこのツノが! しかしいくら説明しても、父親は納得いかない顔をするばかりだった。ウィリアムは鞄をあさって財布を取り出す。帽子代を支払おうとするのを、イーサンはやんわりと押し留めた。
「大した物じゃないから気にしないで」
「いや、いつも面倒を見てもらってるのに、さらにプレゼントなんてもらえないよ」
「いいの、それは私がローズにプレゼントした物だから」
廊下の向こうから声が飛んでくる。玄関にいた者達が一様に振り返ると、視線の先にはマーリンが立っていた。
「こんばんは、おじ様」
彼女は完璧な笑顔でウィリアムに微笑んだ。ローズは無意識に父親のズボンを掴む。マーリンは玄関の方へと歩いてくると、ワンピースの裾を摘んでお姫様のようなお辞儀をした。
「初めまして、ハットさん。ギルバートの従姉妹のマーリンです。今日は私のワガママでローズにお買い物に付き合ってもらったの。だから帽子はそのお礼です」
感謝の気持ちなの、受け取ってくれたら嬉しいわとマーリンが笑顔で言うので、ウィリアムも礼を言って財布を鞄へと戻すのだった。
「とても礼儀正しいお嬢さんだな」
ウィリアムは感心したように言う。ローズはマーリンについて父親にもっと詳しく話をしたかったが、どうしても口が開かなかった。お前も見習いなさい、と言ってくるのを、ただ黙って耐えるしかない。
「それじゃあイーサン、また明日。マーリンも、またこの子と遊んでやってくれると嬉しいな」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
そうしてパタンと扉が閉じる。二人分の足音が階下へと消えると、マーリンはくすりと小さく笑った。
「あの親子、私達の事をすっかり人間だと思ってるのね」
「……そこまで教えてやる必要はないだろう?」
「そうね、部外者だもの」
マーリンがくるりと身を回す。ワンピースのスカートが花びらのようにひらりと広がった。
「上手く騙してるのね。あの父親、あなたのことを本当に良い人だと思ってるみたい。ローズも、あなたのことを特に気に入っているわ」
「他の二人よりも僕が面倒を見てることが多いからだよ」
「あの父親とはどんな話をしているの?」
「どんなって?」
マーリンはゆっくりと歩きだす。深紅の廊下の壁に咲くピンクローズの花を、指先ですい、すいと撫ぜていく。
「あの父親の想い玉、なかなか奥深い味がするわ。随分と心を開かれているのね。どんな話をして採取したのかしら」
「ただの雑談だ。大した話なんかしちゃいない」
「他人からしたら、でしょ? あなたは興味深々なんじゃない? ローズが産まれた時にどんな気持ちだったか。初めて歩いた時は、初めてパパと呼ばれた時は、一年を過ごす中でのイベントは。娘と過ごす日々が彼にとってどれだけ愛おしいと感じているか、聞いていたんでしょ?」
「……」
「その思い出話の中に、自分の母親にもあったかもしれない片鱗がないか探しているんでしょ?」
イーサンが返事をしないので、マーリンはまたくるりと身を回す。イーサンの顔を見つめ、くすりと笑った。
「あなたはずーっと探しているものね」
「……君が僕から奪ったからじゃないか。僕の、母さんとの一番幸福だった思い出を、返してくれないからじゃないか」
「えぇ、返さないわ」
イーサンはヘーゼルの瞳に憎しみの色を映し、魔女を睨む。
「それは僕のものだ」
「いいえ、今は私のものよ」
マーリンは廊下を戻ってくるとすいとイーサンに身を寄せて、下から顔を覗きこんだ。
「返してほしいなら私の望むものを差しだしなさい」
イーサンの顔が歪むと、魔女は嬉しそうに笑みを深くする。そのまま背伸びをして抱きつき、ぴたりと胸に耳を押し当ててきた。
「……ドキドキしてる。怒ったの? でも駄目よ、そんな生半可な感情。全然、まったく、何の役にも立たないわ」
「……いつか奪い返してやる」
零された男の低い憎しみの声が胸に響いて、そこに押し当てられたマーリンの鼓膜を震わす。
「お前から奪ってやる。母さんとの記憶だけじゃない。お前の魔法も、全部、全部奪ってやる」
「酷い男ね」
胸から顔を上げたマーリンは、笑っていた。
「あなたは本当に嘘つきね。人の好い顔も、品の良い格好も、全部ウソ。愛に飢えているのに、誰よりも愛を軽んじている。耳元で愛してると囁いておいて、平気でそこに置き去りにするような男でしょう?」
「僕をそんな奴にしたのは君だろう?」
マーリンは、ついとイーサンの胸から離れていった。廊下を進む少女を、イーサンはただ見つめる。
「あなたも、あの親子からすれば部外者なんだから、勘違いしては駄目よ? 自分が彼らに受け入れられてるかも、なんて」
「そんな事思ってない」
ふふ、とマーリンは笑い声を上げた。くるりと振り返ると、その顔には完璧な笑顔を浮かべている。
「可哀想なイーサン」
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