【11-5】

「……ミカは、随分と感情表現が豊かになったな。自分の考えをしっかりと言葉に出せるようになった。とても良い成長だと思う」

「そ、そう……? 我儘になってきたってことではなく……?」

「お前はちっとも我儘じゃない。それは、ここに来てすぐの頃も今も変わらない。ただ、己の本音に蓋をして封じ込めてしまおうという癖が抜けてきた、というだけだ。──ミカの気持ちを聞けて良かった。ありがとう」


 何に対してお礼を言われているのか分からなくて曖昧に首を振ると、その様子を見守っていたカミュが柔らかく目を細める。


「ジル様もだいぶお変わりになられましたよ。以前の貴方なら、きっとすぐに全てを諦めてしまっていた。例えば、アビーさんやマリオさんがいた頃であれば、暴走化の予兆を感じた時点で、誰が何と言おうと、彼らを遠ざけてしまったでしょう。その結果、ご自身が暴走して破滅したとしても、そういう運命なのだから仕方ないと受け入れてしまったはずです。──前向きに未来を捉えて賭けに出るなど、きっとなさらなかった」

「ああ、そうだな。……なんだか、俺も願うようになってしまったようでな。この先もまだ、お前たちと生きていたいと。……こんな姿で、魔王と云う立場を変えることは出来なくとも、それでも、『今日はいい日だった』と温かな気持ちを抱きながら眠り、朝を迎え、ミカが作ってくれた朝食を食べる。そんな日々が少しでも長く続けばいいと、そう願ってしまっているんだ」


 ジルがあまりにも優しい声で語るから、思わず涙腺が緩みそうになってしまった。

 ──そして、思った。ああ、そうか、僕たち三人は似た者同士だったんだと。僕も、ジルも、カミュも、自分の命というものに頓着していなかったんだと思う。その理由や背景はそれぞれ違うけれども、僕たちはそこが共通していた。


 種族も生きてきた年数も生まれ落ちた世界もバラバラの僕たちは、違うようで似ている寂しさを抱えて出会って、その孤独を分かち合い、溶かしたり流したりしながら、あったかい関係を築き上げてきたんだろう。

 ここでの生活の優しさを、日々の温かさを知ってしまったから、僕は自分の命への執着を少しずつ育ててきた。それはきっと、ジルとカミュも同じなんだ。

 そう遠くないうちに別れは訪れると理解していたはずなのに、今はそれが納得できずに足掻いている。一緒に生きていたいから、定まっていたはずの運命に抗っているんだ。


「僕も、もっとたくさんごはんを作りたいよ。おやつも、いっぱい作りたい。シワシワでヨボヨボのおじいちゃんになって、眠るように死ぬその日まで、君たちと一緒に幸せなごはんを食べたい」


 泣くのを堪えながら宣言すると、力強い頷きが返ってくる。


「ええ。私も、同じ気持ちです。──『父』からは叱られてしまいそうですが、今の私はただ、ジル様やミカさんと穏やかな日々を歩いていきたいと、貴方がたの道行きが健やかであるように見守りたいと、そんな心境です」

「俺もそうだ。願わくば、年老いたミカが苦しまず安らかに逝くのを見届けるまで、俺が俺のまま、今の日々が続いてほしい」

「うん。──信じる者は救われるはずだから、大丈夫だって強く思えば、絶対に上手くいくはずだよ」


 同じ気持ちを重ねていることが嬉しくて、思わず声が弾んでしまう。そんな僕を見て、ジルは困ったように苦笑した。


「まだ、はしゃげる段階じゃないぞ。失敗する確率のほうが高いし、そうなればお前は確実に死んでしまう。……怖くないのか?」

「少しも怖くないって言ったら嘘になるけど、でも、平気だよ。ジルが諦めて引き籠もっちゃって、僕もここから離れなきゃいけなくなることのほうが、ずっとずっと怖いから」

「──だそうです。ジル様、こうなったミカさんはもう、一歩も退かないでしょう。私も、ミカさんに味方いたします。……感謝祭へのミカさんの参加の件、我々も交えて、今一度、計画の見直しをさせていただけますよね?」


 圧が強めの笑顔で言ってのけるカミュへ、ジルは溜息をつきながらも首肯する。


「ああ。……俺の今の状態も踏まえて、きちんと話し合っておこう」

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