【8-16】

「あら、ミカ! 起きてたのね! 具合はどう? ちょっとは楽になった?」


 開いた扉の隙間から中の様子を窺い、ミカと目が合ったマレシスカは、パッと顔を輝かせて入室し、寝台へと駆け寄った。その後ろから、やや安堵した表情のジルベールも続く。


「キカさん、こんにちは。……いや、もう、こんばんはかな? お出迎え出来なくて、ごめんね」

「そんなのいいのよ! 気にしないで。……ああ、よかった。少し熱が下がったみたいね。まだ気は抜けないけど、顔色もマシになったわ」


 ミカの額に手を当て、マレシスカは嬉しそうに笑う。彼女の背後から覗き込むようにして、ジルベールも薄茶色の瞳と視線を合わせた。


「ミカ、まだ無理をするなよ。俺がいいと言うまで、調理場に立つのは禁止だからな」

「うん、……心配かけてごめんね。キカさんも、ジルも、カミュも、どうもありがとう。おかげさまで、少し楽になってきたよ」

「クゥ!」

「ポー!」

「ふふっ、そうだね。クックとポッポにもお世話になったんだった。ありがとう」


 甘える愛鳥たちをあやしながら微笑むミカを見て、一同は安堵する。まだ弱々しい笑顔ではあるが、少しとはいえ笑うだけの気力は戻ったらしい。それに、寄りかかりながらとはいえ、上半身を起こせる程度には回復している。つい少し前まで、衰弱死するのではと思ってしまうような状態だったのを見ているだけに、看病していた皆の安心感は大きかった。


「ミカ、少し食べられそうか?食事はまた後で運んで来るが、その前に少し……、マレシスカに教わりながら共に作ったおやつだ」

「冷たくて美味しいわよー! 身体の中も少し冷やしてあげたほうが、熱も下がりやすいかもしれないしね」


 ニコニコと笑うマレシスカの横に立つジルベールが、おずおずとトレーを差し出す。そこに載っているものを見て、ミカは瞳を輝かせた。


「わぁ、かき氷……!」

「カキ、ゴーリ? ミカさんは、これをご存知なのですか?」

「そうなのか? 俺は初めて見たんだが……」

「カボ茶みたいに、あたしの地元でしか馴染みのないものだと思うんだけどなぁ」


 ミカの反応を見た三人は、それぞれ首を傾げる。それを真似してか、クックとポッポまで首を傾げた。皆が同じ方向に頭を倒しているのが面白いのか、ミカは小さな笑い声を上げる。


「ふふっ。みんなお揃いで、なんだか可愛い」


 同じ姿勢を指摘された一同は、はにかみながら体勢をバラバラにしつつ、病人の笑い声を聞けたことに、またひとつ安堵を重ねた。先刻まで悲壮な空気すら漂っていたこの部屋が、今ではあたたかな空間になっている。


「僕がいた世界──というより、僕のいた国って言ったほうがいいのかもしれないけど、これと似たような冷たいおやつがあったんだ。細かく削った氷に、シロップ……えぇと、いろんな色や味の蜜を掛けて食べるんだよ。果物とか、ちっちゃいおやつなんかを載せたのもあるんだ」

「あら、じゃあ、本当にヒャココと似ているわね! 違う世界でも似たようなおやつがあるって、なんだか楽しい!」


 ミカの説明を受けて笑みを深めたマレシスカは、ジルが持つトレーに載っている氷菓子──ヒャココの説明を始めた。


「これもね、細かく砕いた氷に花蜜を掛けて食べるのが基本なの。氷の他に、季節の果物を凍らせて砕いたものも一緒に盛って、小さく切った果物も載せたりするんだ。掛ける花蜜にも果汁を混ぜたりもするわ。ミカに作ってきたヒャココも、果物の割合が多いの」

「だから彩りが鮮やかなんだね。すっごく美味しそう……!」

「美味しいわよ! まだ噛むのが辛いようだったら、氷の部分だけでもいいわ。喉に流し込むようにして食べられるし。無理はしなくていいから、一口でも食べてみて?」


 キラキラとした眼差しでヒャココを見つめていたミカは、マレシスカに促されると、少し戸惑ったように瞬きをする。長い睫毛がわずかに震える程度の動きではあるが、彼の瞳は微かに揺れていた。

 嫌がっているという素振りではなく、どちらかというと遠慮に近い。どうしたのだろうと気になりつつも、一同は黙って見守った。まだまだ自分の心に対して不器用なミカが、何かを納得して乗り越えようとしている気配を察したからだ。


 暫し何かを考え込んでいたミカは、何度か瞬きをしてから、固唾を飲んで見守っている彼らへ向かって小さく問いかけた。


「僕が、食べてもいいの……?」


 その声音は、どこか幼い響きを孕んでいる。──きっと、彼は幼いときに、これと似ているという氷菓子を手にすることが出来なかったのだ。おそらくは、目の前にあるのに与えられなかったか、ねだれない環境だったのだろう。子どもの頃に手を伸ばせなかったものが与えられようとしていて、無意識に動揺しているのかもしれない。

 そう感じ取った魔王は、泣きたくなる感情を押し込めて、ミカの頭をそっと撫でる。


「ああ、勿論。これは、ミカのために作ったものだ。お前が元気になるように祈りを込めて作った、ミカのためのものだよ」


 優しく諭されたミカは嬉しそうに目を細め、美しい悪魔がにっこりと差し出してきた匙を素直に手に取った。

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