白の日


 ~ 四月六日(水) 白の日 ~

 ※紫電清霜しでんせいそう

  光り輝き、引き締まっていること。

  武器や人物に使われることが多い。




「やっぱり、家が一番」


 旅行から帰って来た者の。

 典型的第一声。


 でも。

 先ほどの言葉を発声するに当たって。


 作法に反する点が二つあることを俺は知っている。


 一つは、帰って来てから一日明けた朝に使うものではないという事。


 そしてもう一つは。


「ここはお前の家じゃねえ」


 まだ、夜が明けきらない時刻に押し掛けて。

 モーニングを食わせろと要求しながらさっきのセリフを口にするこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 旅行から帰ったばかりで冷蔵庫には何もないから。

 早朝でもやっている駅向こうのコンビニへ向かうとするか。


 パジャマ代わりのスエットから外着に着替えて。

 未だ薄暗く、寒い世界へと踏み出すと。


「息が白く出るの、見納めかも……、ね?」


 そう言いながら振り向いて。

 微笑みかけてくるこいつは。


 俺が勉強していたせいで一時間も寝ていないことも知らずに先を行く。


 ……旅行を通して。

 距離が、より近くなった気はするけれど。


 結局、お互いの認識は。

 俺は秋乃の彼氏なのに。

 秋乃は俺の友達という意味の分からぬ状態のまま。



 急がないと。



 恋人でいる時間がどんどん短くなる。



 だって、小太郎さんたちと同じことで。

 秋乃は、春姫ちゃんがいる以上、卒業してもここから離れることは無くて。

 俺は東京の大学へ行くのだから。


 二人の関係は。

 高校生でいられる間だけ。


 別れることが前提の彼氏と彼女。

 多分、成人を迎えて高校を卒業したら。


 秋乃は、大企業の後継者とか、そんな身分相応な人と結婚を前提につき合ったりするんだろうし。


 俺も東京で。

 いつも隣にいてくれる人を見つけることになるんだろう。



 今は、白い息に包まれる。

 夜明け前の白い世界に立つ真っ白な二人。


 そんな俺の、秋乃の将来は。

 どんな色で染め上げられているのだろう。



 ……まあ。

 そんな気の遠くなるような未来のことを考える前に。


 とっとと秋乃に。

 彼女になることを承諾させないとな。


 せめてムードのある展開にならないものかと思った直後。

 こんな早朝から口説いたりしたら、また明日と言われそうだと考え直し。


 それなら、夜に誘おうか。

 どんな言葉で誘ってどこへ行こう。


 眠たい頭脳をフル回転させて考えていた俺の耳に。

 秋乃が鼻をすする音が聞こえて来た。


「ど、どうした!? なに泣いてるんだよ!」

「霜柱、今日で踏みおさめになるかも……」

「……そんな大切な行事を、もうかれこれ七年ばかりやってなくて恥ずかしいよ俺は」


 ああばかばかしい。

 なんか、一生懸命考えて損した気分。


 霜柱の話が。

 来年には一緒にいないであろうことを揶揄している、とかなら救いはあるが。


 こいつのは、ガチ。


「ずんずん土の中に突っ込むな。靴が汚れるだろ」

「洗えば落ちる……」


 やがて目当ての物を見つけた秋乃。


 さくっ、さくっと。

 二歩進んだ後の三歩目。


 急に慎重に足を下ろして。

 片足立ちで踏み抜かずに。


 両手を左右に広げてバランスを取って。

 目を丸くさせながら俺を見る。


「すごいよ霜柱! って目で見るな、子供か。ほんと泥だらけになるって」

「ならない……。浮いてるし」

「浮いてねえ」

「飛んでるし」

「分かったよ、お気に入りなんだな? 俺は霜柱って、泥だらけになるイメージがあって好きになれないけど」

「こんなに綺麗なのに?」


 そう言いながらしゃがみ込んで。

 霜柱を取ろうとする秋乃の丸めた背中を見て。


 はたと気付く。


 確かに、霜柱それ自身は真っ白で美しいのに。

 土の下にいるから、遊んだ後は靴が泥だらけになってよく叱られたから。

 汚いイメージを持っていたようだ。


 そしてこれは。

 さっきまで俺が考えていた事。


 その前提を覆した。



 将来、どんな色に染まるのか。



 将来、俺の色が。

 次々と変化したとして。


 それは、染め変えられたわけじゃなく。

 元の色の上に積み重ねられたもの。


「それなら、せめて土台は綺麗な色にしたいものだな」

「え?」


 秋乃と過ごしてきた二年間。

 多分、真っ白くてキラキラとした霜柱のようなもので出来ているはずだ。


 だから。

 最後の一年。


 そこに、俺は。

 将来いつ振り返ってみても最高に美しい。


 そんな色を積み上げたい。


「げたげた笑ってるのは、イメージが違うかな」


 秋乃を無様に笑わせる。

 俺は、そんなことをライフワークにして来たが。


 今は。

 そうは思わない。


 秋乃が掘り起こした、綺麗な霜柱を見て。

 綺麗だねって、二人で微笑み合う。


 そんな平和で優しい。

 キラキラと輝く色を重ねていきたいな。


「秋乃、掘れたか?」

「うん。塊で、綺麗に取れた……」


 そう言いながら立ち上がって。

 振り返った秋乃が持つ霜柱。


 両手で両端をつまんで。

 鼻の下あたりに持っている、美しく真っ白な霜柱は。


 例えるならば。



 ……白髪のちょび髭。



「うはははははははははははは!!!」

「そしてご来光と共に」

「ひ、髭がキラキラと輝き出しうはははははははははははは!!!」


 ああ。


 キラキラで美しい色ってなんだろう。


 それは多分、秋乃は一生見せてくれない色なのかもしれない。


「ほんとにお前は、マーブル模様みたいなやつだな」

「色とりどりで、楽しくなる……?」

「目がチカチカするんだよ!」


 呆れながら突っ込んで。

 ぐったり肩を落とす俺をよそに。


「もう、新学期だね……」


 秋乃はそう言うと。

 急に神妙な表情を浮かべて朝日を見上げた。


「……旅行の間、ずっと考えてたことがあるの」


 光に照らされて輝きを放つ白い頬。

 飴色の髪が金糸に染め上げられていく。


「新しい一ページ……、真っ白な一ページ」


 なにを話そうというのか。

 そして、なぜ今それを伝えようと思ったのか。


「あたし、次の一ページ目を、新たな気持ちで迎えようって!」


 曖昧な言葉で締めくくって。

 朝日に向かって歩き出した秋乃の背を見つめながら。


 俺は。

 気付いてしまった。



 お前。

 まさか。



 今夜は。

 秋乃が頑張ってくれるって事!?



 それ以降、俺が惚けちまったのをいいことに。

 秋乃は朝からコーヒーのおまけについた高級ウナギ御膳を食べて帰って行った。


 もちろんそんなわけで。

 俺か秋乃かはともかく。



 頑張るのは。

 明日以降に決定した。

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