エイプリルフール


 ~ 四月一日(金) エイプリルフール ~

 ※流言蜚語りゅうげんひご

  デマ。主に忠誠を下げる。




 二度あることは三度ある。

 その命題を正とするならば。


 二度目、三度目に起きた事象を二回と数えると。

 その二つに対する『三度目』という名目で。

 四度目の事象が発生する。


 つまり二度の不幸を体験した者には。

 永遠に不幸が襲い掛かることになるわけだ。


「理解できたか? 秋乃」

「理解と言うか、立哉君。……わざと?」

「いい加減俺たち、物陰に隠れるのが上手くなってきたな」


 唯一、名古屋に知り合いがいないはずの今日。

 しかも人気のスポットを回避して選んだ、ここ。


 名古屋港水族館。


 そんな場所で、俺と一緒にイルカのオブジェに身を隠すのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そして。

 彼女が見つめる先にいる。


 もはや、こう呼ぼう。

 本日のゲストは。


「ねえパパ! あっちにもこっちにも、新鮮な魚が沢山!」

「ちょっとした言い間違いなんだろうけど、別の意味になっちゃうから新鮮って言っちゃダメだよ?」

「……お前といると、世間様の冷たい視線に慣れてしまうのが怖い」


 そう。

 今のは、沢山の魚が元気に泳いでるって言いたかったんだ。


 でも、周りの皆さんから見れば。

 巨大な生簀を前にして、どのお魚を食べようかしらとはしゃぐ娘に。

 頭を抱える父と母。


 そんな凜々花と春姫ちゃんと親父が。

 人込みの向こうから近付いて来る。



 しかし綿密な計画を立てたというのに。

 こうして連日誰かに見つかりかけてるとか。


「ウソみてえな話だな……」

「きょ、今日はウソをついてもいい日……」

「そういうこっちゃなくですね」

「こ、ここは見つかりそう……」

「だな。凜々花の行動パターンは予測がつかんから、できるだけ離れよう」


 親父と春姫ちゃんの二人は。

 奥へと向かう通路に入る。


 でも。

 ここで長年、あの面倒な生き物と付き合って来た経験が生きた。


 凜々花のことだ、二人からはぐれるコースを選ぶだろう。

 凜々花が右の通路に入りそうな気配を感じたから。

 凜々花の姿を隠れたまま観察して。

 凜々花が読み通り右へ向かったから。

 凜々花が向かわないであろう方向へ通路を進むと。

 凜々花が正面からこっちに向かって来た。


「ウソだろ!?」

「ウソついてもいい日」

「いや! 今、ワープしたぞあいつ!」

「ワープというものは地点Aと地点Bを結ぶ空間を歪ませて移動するもので、今のような瞬間移動とは理論が根本的に違」

「やかましい! 逃げるぞ!」


 慌ててもと来た方へ逃げてみたんだが。

 時すでに遅し。


「おにいと舞浜ちゃん発見!」


 背後から響く凜々花の声が。

 ゲームセットの音を鳴らす。


 秋乃と顔を見合わせて。

 覚悟を決めて、チンアナゴの水槽からにょっきり顔を出すと。


 ちょうど、親父と春姫ちゃんが凜々花の姿を見つけて駆け寄ったんだろう。

 二人の背中に、凜々花の姿が隠されていた。


「おにいちゃんがいたの?」

「……お姉様と一緒に?」


 そして、親父と春姫ちゃんの問いかけに。

 凜々花は大きな声ではっきりと。


「ウソー!」

「ウソかい!!!」

「え?」

「あれ?」

「……ん?」


 やばあああああ!!!

 つい突っ込んじまった!


 慌てて水槽の陰に戻って、逃げ出す俺の頭を。

 秋乃がポカポカと叩きつづけるのだった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ……幸い。

 そう、不幸中の幸い。


 あれからなんとか逃げおおせて。


 イルカショーを楽しむ三人の姿を。

 こうして遠くから見守る俺たち。


「ショ、ショーを見たかったかも……」

「しっ。あいつらから目を離すな」


 そして三人が、客席をあとにしたところで。

 俺はようやく肩の力を抜いた。


「もう大丈夫」

「ほんとに?」

「ああ。凜々花の『腹減った』には誰も勝てんて」


 ここまで届いたあいつの大声に合わせて。

 親父と春姫ちゃんが肩をすくめていたから間違いない。


 これだけ魚を見て回ったんだ。

 絶対、凜々花の胃は魚介類を求めているはずで。


 そうなれば、水族館を出るしか術はない。


「ようやく水族館を楽しめそうだな」

「だ、だったら、あたしもイルカショーを近くで見たい……」


 お願いポーズの秋乃には悪いが。

 その願いをかなえてやることはできないんだ。


「ショーは今ので最後だ」

「しょぼん」


 悪いことしたなあ、俺の計画のせいで。

 でも、まだお楽しみはいくつもあるぜ?


「ショーは終わったんだけど、色々楽しめるらしい」

「楽しめる? 例えば?」

「イルカと綱引きできるって」

「やってみたい!」


 おお、泣いたカラスがもう笑った。

 ここから逆転の目が見えて来たかも。


「夜まで楽しめるんだよ、ここ」

「へえ……!」

「ちゃんと、ムードのある演出も準備してるから、今日こそ期待しててくれ!」

「な、なるほど……。じゃあ、早速なにするの?」


 ええっと、綱引きはまだ先だな。

 この後のプログラムはどうなってたっけ?


 さっき丸暗記した情報によると。

 たしか、イルカに……。


 あ、そうだ。


「チューしてもらえるぞ?」

「ちゅー!?!?!?!?」

「ああ、そうだ。その後に綱引き……? おい、どこ行くんだ?」


 どういう訳か。

 急に隠れてた場所から飛び出した秋乃が。


 凜々花たちの向かう。

 出口方向へずんずん歩き出す。


「おい、待てって! どうしたんだよ!?」 

「さ、さすがに強引過ぎ……! 本日のチャレンジ結果は失敗中の失敗!」

「え?」


 強引って何の話だ?

 チューするのイヤだった?



 …………チュー?



「いや違うぞ秋乃! 勘違いすんな、待て!」

「待ちません」

「待て待て待て! ほんとにただの勘違いだし、今出ていったら凜々花たちと鉢合わせになるから! 止まってくれ!」

「お友達で」

「おおおおい!」


 こうして、俺は。

 閉館間際まで。


 出口へ向かおうとする秋乃を必死に止めるため。



 綱引きショーをし続けた。



 ……また明日。

 頑張りましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る