S2-FILE015(FILE216):カーショップに鍵がある?


 翌日、休息を挟んでからアデリーンとロザリアと蜜月は綾女に同行してカーショップ【オレンジキャップ】のチェーン店へと足を運ぶ。

 行き先に疑いを持ったとかではなく、私用で同行しただけだ。

 だが、なぜか葵もついて行き……。


「すみませーん、カーナビ用のSDカードでいいのはありますか」


 いろいろな客がいて、さまざまな店員が働いている。

 商品もたくさんあり、ぱっと見では複雑でわかりにくい。


「アッ! お客様、でしたらこちらへ。ご案内いたします……」


 一同を出迎えたのは、【八巻やまき】と書かれた名札をつけた女店員や、【有馬ありま】という名札をつけた壮年の男性店長だ。

 八巻のほうは若くてしっかり者といった雰囲気があり、営業スマイルかもしれないがほがらかで真面目そうであった。

 八巻はともかく、店長の男をなぜかイマイチ信じきれない蜜月はメモ帳を片手に彼にあることを訊ねた。

 ……お互い、ほかの利用者や店員の邪魔にならないよう、店舗の片隅まで移動してからだ。


「あの! ワタシ、フリージャーナリストなんですが……店長様にお伺いしたいことがございまして」


「はい! なんでしたでしょうか?」


「つい先日起きた、ディスガイストによるビルや建物の破壊や、タイヤで轢き潰したような痕跡があったという無差別連続殺人について……。なにか心当たりがおありでしたら、お聞きしたかったのですが」


 まだ断定するには早いし、クラリティアナ姉妹とは違い実際にこの目で見たわけではないが、蜜月はあえて核心に近いところまで、刺すように揺さぶりをかけていく。

 ほがらかに笑っていたはずの有馬店長の表情も、雲行きが怪しくなり――。


「この辺は……被害は受けていないので、わたくしどもからはなんとも言えません。せっかく取材に来てくださったのに、申し訳ございませんでした」


 平謝りした直後、店長は痛そうに脇腹を押さえ、蜜月に見られないようにしつつ表情を歪めた。

 その表情には、苦痛だけでなく苛立ちも含まれていたが、蜜月の視点からは見えない。

 彼女はそんな彼の様子を不審に思いつつも、飛び火しないようにこれ以上の追及はしないでおいた。

 その判断が正しかったか間違っていたかは、誰にもわからない。


「イテテ! き、気になさらないでください。ささ、おかけになってお待ちを」


 その頃、少し退屈そうにしたロザリアを見かけ、放っておけなくなった中年の男性店員・【錦城きんじょう】が声をかけて待合コーナーへと案内する。

 彼が腰を痛めていたのを見たロザリアは心配になったものの、彼自身からそういう旨を伝えられたこともあり、同コーナーにあるソファーに腰かける。

 置かれていた新聞を読み終わったら雑誌に手をつけ、それもお目当ての漫画や、そうではなかったが見たら予想外に面白かった漫画に特集などを読み終えたら戻し、あとは備え付けのテレビを見ながらスマートフォンで情報を探る。

 見知らぬ利用客にも声をかけ、勇気を出してふれあい仲良くなる。

 やがて、トイレに行きたくなってしまった。


「おトイレどこですか?」


「でしたらいったんお外に出ていただいて、それからあちらの受付に……」


 少しチャラチャラした雰囲気の若い男性店員、【卜部うらべ】がロザリアを案内する。

 彼女は教えてもらった通りにして、事なきを得てすっきりした。


(そこまでして頑張ってるんか……?)


 一方、バイク用品を探していた蜜月は懸命に掃除を続けている中年の女性店員・【上堀かみほり】を見て心配になった。

 腱鞘炎なのか、腕に湿布を貼ってまで働いていたのである。


「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」


 カウンターの方では、頷く綾女。

 アデリーンも彼女に同行する前にバイク用品をチェックしたが、とくにほしいものは思い浮かばなかったようだ。

 お花摘みから戻ったロザリアは社会見学も兼ねてもう少し店内を見物したかったが、引き続き雑誌や新聞でも読んで大人たちを待つことに決める。


「店長さん?」


 ベテラン然とした雰囲気を漂わせる、屈強な男性が店長の有馬――なのだが、誰が見ても様子がおかしい。

 またも脇腹を押さえたり、そんな不調が見られる自分自身に苛立ち、片手の指を伸ばして震わせたりしていたのだ。


「いえ、なんでもありません。お買い上げありがとうございました、またのご来店お待ちしております!」


 その場では取り繕って笑顔を見せたが、彼は無理して元気に振る舞っているのではないか?

 ――と、わずかなやり取りの中で、アデリーンと綾女は疑念を抱く。

 とくに前者は直接、似たような仕草を取った敵の姿を先日見たばかりだったからだ。



 ◆



 それからアデリーンたちは、近くにあったハンバーガーショップのチェーン店に立ち寄って昼食をとることに決めた。

 ビッグサイズのハンバーガーをはじめとするセットや、照り焼きハンバーガー、チキンバーガー、などなど、思い思いのメニューを頼み、雑談も交えてのミーティングをしようというのだ。


「わかってしまった。こないだ暴れていたアルマジロガイストの正体は恐らく、あの店長さんよ」


 注文したメニューが来る少し前に、「ほら、この硬そーなディスガイストよ」と、アデリーンはノートPCに入れてあるデータベースを他の4人にも見せて驚かせる。

 おさらいをしておくと、蜜月はその時は虎姫たちの話を聞いていたため、該当する敵との戦いには参加できなかった。


「えぇ――っ!? さ、さすがにどストレートすぎませんかね。ワタシはあの若くてチャラい店員さんだと思うよ! ああいうやつが実はサイコでイカれてたりするんよ、ミステリー小説とかだと……」


「深読みしすぎよ。あの腰の具合が悪そうだったおじさんかもしれないじゃん?」


「痛がっていたのがわざとらしく見えた……ってことですか? それ言うなら、わたしはお掃除をされてたおばさんが怪しいんじゃないかなって」


「そういえば腱鞘炎だったのかな、腕に湿布を貼られてたのを見かけた気がするの。でもあたしは、あのニコニコ笑ってたお姉さんも怪しいとは思います」


 あの後オレンジキャップ店内のカウンターで会計をするまでの間に、彼女たちは怪しそうな店員にはだいたい目をつけていたのだ。

 アデリーンがいったん、ノートPCを片付けたのを合図にして蜜月から順番に、綾女、葵、ロザリアがそれぞれ自身の考えを述べる。

 やがて注文の品が届いたので、それからも意見を交わし合いながら英気を養うべく、このファーストフードを味わう彼女たち。


「……何にしても、このままヘリックスにえげつない破壊活動を続けられたら、こうやってみんなで遊ぶ機会もなくなっちゃう」


「だから、私がなんとかするんじゃない。アヤメ姉さん?」


「ありがとう。今はいっぱい食べて元気出しましょ」


 こういう心配な時に、前向きで言いきってくれるアデリーンの存在は綾女たちにとってこれ以上ないほど頼もしい。

 しかも彼女は悩める綾女に、ウインクまでおまけしたのだ。


「ふふふ、それにねぇー。ジャンボバーガーなんてペロリよ!」


 この5人の中に、ひとりだけその大盛りのバーガーセットと、それとは別にこれまた大盛りのバケツポテトを頼んだものがいる。

 後者は全員で分け合うために頼んだのだが――、彼女は実際こうまで言うのだから、健啖家を自称するのも伊達や酔狂ではない。


「食えるうちに食っておけって言うもんね。前にアデレードから似たようなこと言われてたっけか」


 そう言って蜜月は、懐かしむような笑顔を浮かべて以前囚われのロザリアを獄門山まで助けに行った時のことを思い出した。

 その当時は、事前にサービスエリアに立ち寄り軽食を頼んで、エネルギーを満タンにしたのである。


「また、リュウヘイさんに会いに行かせてくださいね。アヤメさん」


「もちろん。戦いに行くのは止めやしないけどね、ちゃんと帰ってきてよ。でないとウチの家族みーんな、さみしんぼだからさ」


 また新しい約束をしながら、ロザリアも綾女もポテトにバーベキューソースやマスタードソースをつけつつ、手持ちのバーガーも味わう。

 相手は既に交友関係も豊富なのにここまで言ってもらえて、ロザリアも嬉しそうだ。


「わたしんちもいつでもオッケーだからね。むしろこっちにおいで」


「アオイさんまでぇ」


 葵も満面の笑みでロザリアを受け入れる態勢を見せている。

 もはや、いわゆる【いつメン】として定着しつつあるこのメンバーは全員暖かいのだ。



 ◆



 ファーストフード店で食事会をやったメンバーの中で、ひとりだけ調子に乗って食べすぎた女がいる。

 ほかの誰でもないアデリーンだ。

 しかし育ち盛りの年下2人も「運動したほうが良さそう……」と気にしていたため、食後の運動がてら付近のアミューズメント施設へと足を踏み入れ、ここで汗を流すことに決めたのだった。


「フゥー! よっしゃストライク!」


「いいんじゃない? 私もそろそろストライク出したいな……」


 それで彼女たちが何をはじめていたかといえばボウリングで、この5人でスコアを競い合おうというのだ。

 今のところ綾女がトップで、次いで蜜月とアデリーン、葵とロザリアが同点となっていた。

 独走している綾女に追いつこうと、ボウリングの玉を厳選中のアデリーンは紫色で比較的重めの玉を手に取った。

 ――投げた!


「あちゃー。でも、次があるッ」


 結果、心地良い衝撃音とともに――惜しくも10本のピンのうち3本が残ってしまう。

 周りが見守っている中、再び同じ玉を投げて、見事に残りのピンを倒しきった!


「よーし! これでスペアは取れた!」


 アデリーンのスコアが綾女に追いついた瞬間である。

 それからもゲームを続けながら、アデリーンたちはこれからに関する大事な話を合間合間に挟んだ。


「……おトラさんや環さんたちが言うには、女王バチのジーンスフィアに宿ってた妖精さんがね。自分の力を抽出して、まったく新しいアイテムを作れるようにしたいんだと」


「それってめちゃんこ強くなれそうじゃないですか! まだ未完成なの?」


「【クラウンスフィア】っちゅー、その力の結晶みたいなやつの完成予想図を見せてもらったんだけど、そこから更なる何かを作れるんじゃないかな~って話も出てたのよ」


 蜜月が言及したのはこれから作られるかもしれない、【王冠の紋章が入った金色のスフィア】だが、それはジーンスフィアやマテリアルスフィアとは似て非なるものだということを虎姫から聞かされていた。

 葵は目を輝かせ、「もっと聞かせてほしい」とせがんだが、そこで蜜月が投げる番が回ってくる。


「そんなホイホイできちゃっていいのかしら。ミヅキ、ぼちぼち投げてね!」


「わ、わーったよ。それからブレイキングタイガーも実物見せてもらえた……」


 蜜月は「えぇー……」と言いたげな顔でアデリーンに小声で告げたが、その内容は「隠し事はなしだ!」ということで綾女や葵も把握済みのことだ。

 あの白虎のようなスーツをまとうヒーローが、ついに現実になろうとしていることにこの5人の誰もが胸を躍らせる。


「今は投げろミヅキ!」


「そうだとも、ワタシは今だけプロボウラー!」


 おだてられてからの蜜月の渾身の第1投は残念ながらガーターへとはまってしまったが、2投目で無事にスペアを獲得した。

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