S2-FILE011(FILE212):大西洋の魔女
その頃――ゲル状の、しかし粘っこくはなくむしろみずみずしく透き通っている何かが、ヘリックスシティの玉座の間に這い寄る。
目線を低くしていたそれは突如背を高くして、戸惑う幹部メンバーらを驚かせてそのうちの1名、禍津に絡み付くと……質量を重たくして、瞬く間にクラゲのような女怪人へと姿かたちを変えた。
前髪で片目が隠れたヘアースタイル、抜群のプロポーション、露出の多いドレスをまとうその姿は、メカニックがところどころ見えながらも――ディスガイスト怪人としては、かなり人間に近いほうだ。
「うお……【ジェルヴェゼル・メドウ】かい!? 来るのが早すぎる……!」
さすがの彼も気が動転して、視線もあらぬ方向へと向いてしまう。
突然やって来た彼女のおかげでそんな彼の意外な一面を見られたため、幹部メンバーらは口元を緩めた。
「あら! それはごめんあそばせ。本当はお先にこっちを抱きしめたかったのだけれど」
感情を揺さぶったかと思えば、一瞬の間に、とんがり帽子を深く被った魔女を彷彿させる佇まいのジェルヴェゼルは近くにいたキュイジーネに組みつく。
彼女のほうもまんざらではなさそうだ。
「やだ、えっち……」
変身を解いたジェルヴェゼルは、元の姿である青い髪に青白い肌をした妙齢の美しい女へと戻った。
キュイジーネよりは一回りほど若そうで控えめなものの、豊満な肢体を誇ってもおり――2人はお互い腰砕けな顔をする。
センシティブなその光景には、禍津や兜たちも更に驚かずにはいられない。
「おほん。話はお聞きしました。ドリューさんには事前にお会いして、話をしておきたかったわ」
ジェルヴェゼルは目を伏せてそう語ってはいるが、心から悼み惜しんでいるかまでは怪しい。
その点は、彼女とは付き合いの長いキュイジーネらもわかっていた。
「本当に残念な結果になっちまった。あのバカタレでも、いなくなってしまうと寂しいものでね……」
「スティーヴンには私刑に処すのはやりすぎだと、キツく言っておいたのだが」
禍津がドリュー・デリンジャーに先立たれたことに寂寥を覚えたことを語ると、同じように久慈川も事情を打ち明け肩のアウターをかけ直す。
「皆、この通り意気消沈としていたんだ。俺は金輪際あの野郎とは組まない」
以前にスティーヴン・ジョーンズと組んだことを赤っ恥だと思うようになっていた赤髪の兜円次は、苦々しくジェルヴェゼルへと心情を吐露した。
「そこにあなたが暗いムードを変えるように来てくれて助かったのよ。ヴェゼル」
まだジェルヴェゼルの隣に立つキュイジーネは、彼女をあだ名で呼びつつも感謝の意を告げた。
妖艶な物腰ながらも非情さを見せる彼女だが、こればかりは心からの言葉であろう。
「それはどうも……。そのワタシから吉報がありますの。様々な事情で遅れますが、イタリアの【コニリオ夫妻】や、イングランドの【ケネス・デルトーロ】も近いうちに」
帽子を取ってお辞儀をすると、彼女はヘリックス幹部の同志たちにそう告知した。
ウェーブのかかったさらさらの髪質が、彼女の色白の肌によく映える。
「奥さんと組んでイタリアの裏社会を牛耳った、あの【血兎のエド】たちがねぇ。来てくださるのが楽しみだこと」
「各々方が少しでも元気を出せたのなら、光栄だわ。今後ともご贔屓に……」
業務連絡じみた報告を終えたジェルヴェゼルはまたもや自分からキュイジーネに抱き着き、2人そろってほかの幹部たちにウインクやサインを送る。
周りを置き去りにするほど仲の良い、この2人の時間を誰も邪魔はできない――!
◇
それからのことだ。
不可能殺人事件の首謀者だった東雲泰斗は、油田施設の廃墟に駆け付けた警察により逮捕。
惨敗を喫したのとアデリーンたちの全否定を受けたことで消耗しきっていた様子の彼は、己の敗北と犯行を素直に認めたという。
スティーヴン・ジョーンズを倒すことは叶わなかったものの、ドリュー・デリンジャーを死に追いやった元凶の1人を討つことができた彼女らは、ようやく溜飲が下がったのだ。
そしてその翌日――。
「改めてお帰りなさい! おめでとう!!」
「これでやっと、ロザリアちゃんと何も気にせず遊べる。私たちも今日が楽しみだったんだ」
「あ、アヤメさん……! 姉様、みんな……!」
アデリーンたちは蜜月の住む高級マンションに集まり、浦和綾女に梶原葵、スーパードクターの
といっても、出前を取ったピザやフライドチキンなどなど、ささやかな範囲で贅沢な料理を味わうだけだが――。
しかし彼女たちは、恥ずかしくないようにそれぞれよそ行きの服で参加していた。
「……やめてよー、今日はあたしのお誕生日でもなんでもないのに!」
広くて大きなリビングのこれまた大きなソファーに皆が座り、テーブルを囲んでいる。今日の主役であるロザリアは照れ臭そうだ。
「でもお祝いしてもらえて嬉しかったでしょ」
ロザリアのすぐ隣をキープしていたアデリーンが妹へと問う。
満更でもなしにロザリアは笑顔で頷き、腕を組んで見守る面々は誇らしげだ。
それからは遠慮なしに皆でワイワイと盛り上がり、時にはカラオケで歌いまくるなど、嫌なものが吹っ飛びそうな勢いで楽しんだ。
「これはおビールじゃなくて、シュワシュワのサイダーだからセーフッ」
「悪い大人だねーッ蜜月ちゃん」
「言ったね~綾さん!」
「カガミ先生! 今後は医者と患者じゃなくて、お友達ってことで……」
車を運転したいので今日は酒は飲みたくないという彩姫や、まだ未成年のロザリアと葵への配慮から、今回出るのはジュースや水にお茶だけだ。
でも皆、楽しんでいた。その最中で、ロザリアは自分の面倒をずっと見てくれていた彩姫にある思いを告げる――。
「サキでいいですよ」
「はい!」
「いいよなああああああぁぁ、てぇてぇなああああああああ」
「ヤダぁ。蜜月さんってば、お酒飲んだわけじゃないのにこれだもん!」
片や年齢の差を問わない友情が芽生え、片やスケベ心が表出した見苦しい姿をさらす。
これには、葵たちも苦笑いするしかない。
「まーまー、アオイちゃん。ミヅキもいろいろありすぎたんだし、大目に見てあげて」
「アデリーンさんが言うなら、うん……」
午前11時から始まったこの食事会は、夕方近くまで続いたという。
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